北極の未来は・・・ 〜円山動物園〜





銀世界の円山公園に、冬でも元気な動物の姿を観察できる、円山動物園があります。
ここで飼育されているホッキョクグマのピリカは、12月14日に1歳になったばかり。まだまだ子グマです。


  • 鮭をほおばるピリカ (2006/12/15撮影)

筆者が訪れたときは、ちょうどピリカのお誕生会が催されていました。
プレゼントの鮭を美味しそうに食べるピリカの無邪気な姿は、とてもほほえましいものでした。


ホッキョクグマは、北極圏*1に住む*2熊です。
北極の中心付近には、陸地がありません。海氷という、海が凍ってできる氷があるだけです。
ピリカの仲間のホッキョクグマは、一年のうちほとんどを海にぷかりと浮かぶ海氷で生活しています。
対して、北極から見ると地球の反対側にある南極地域には陸地があり、南極大陸と呼ばれています。
南極大陸にはペンギンが生活しています。
ペンギンも、円山動物園で飼育されています。


  • たたずむペンギン (2006/12/15 撮影)


【北極が消える!?】


先日、2040年までに北極海の海氷がほとんどなくなってしまうかもしれないというショッキングな報告がありました。*3
地球温暖化の影響を予測したものです。
海に浮かんでいる海氷が溶けると、海は一体どうなると思いますか。
海水面が大幅に上昇してしまうのでしょうか。それともあまり変わらないのでしょうか。
ちょっとした実験をして、考えてみましょう。


アルキメデスの原理】


コップに水を入れ、氷を浮かべます。
水面の高さに印をつけて、部屋においておくと、氷が全部溶けます。
水面の高さはどうなったでしょうか。



  • 氷が溶ける前(左)と後(右)で水面は変化しなかった。  (2006/12/29 実験、撮影)


この実験からもわかるように、水に氷が浮かんでいるとき、その氷が全部溶けても水面の高さは変わりません。
一体なぜでしょう。
これは古代ギリシャの学者、アルキメデスが発見した原理が関係しています。



液体に物を入れると、そこには浮力が生まれます。
その浮力の大きさが、物体が押しのけた液体の重さに等しくなるというのがアルキメデスの原理です。*4


この原理を基に、水に浮かんだ氷がとけても水面の高さがなぜ変わらなかったのか、考えてみましょう。
例えば、水10g分を凍らせたとします。
水の密度は1g/cm3なので、水10gの体積は10cm3です。
しかし氷は水よりも密度が低くなる*5ので、10gの水を凍らせても10cm3にはならず、それよりも大きくなります。


氷は、重力と浮力のつりあう位置にくると静止します。
氷にかかる重力は10g重なので、浮力が10g重になるとつりあいます。
10g重の浮力を得るためには、水面より下に10cm3分の体積があればよいので、それよりも大きくなっている氷は一部を水面から上に出します。


  • 氷を水に浮かべた場合


もともと10gの水が凍った氷ですから、溶ければ10g、すなわち10cm3の水に戻ります。水面の高さは変わらないというわけです。


海氷も同じです。
溶ければ、水面より下にある塊の体積に等しくなるので、海水は増えないはずです。*6
これらのことから考えると、海氷が溶けても特に悪い影響はないように思えますね。
しかし、そうではありません。
海氷は大切な役割を持っているのです。


【海氷の大切さ】


海水面への影響がたとえ少なくても、海氷を主な生活場所としているホッキョクグマにとって、事態は深刻です。
ホッキョクグマは、アザラシなどと違い海を泳いで行動することができないので、氷がなくなってしまうと行動範囲がかなり限定されます。餌をとることが難しくなり、どんどん数が減っていくと考えられています。
また、温暖化によって北極圏の海氷がなくなると、さらなる気候の変動をおこすと考えられています*7
海氷がとけること、それは様々な現象を引き起こす大変な危機なのです。


もちろん、地球が温暖化するとは海氷だけではなく陸地にある氷や雪も溶けてしまいます。
このときは溶けた分だけ海水が増えてしまうので、海水面が上昇してしまいます。
海氷だけを考えれば海水面の変化は少ないかもしれません。
しかし地球温暖化の影響を多方面で考えると、やはり海水面は上昇してしまいます。小さな島は沈没の危機にさらされています。


ピリカたちホッキョクグマなど、北極圏に住む動物たちの姿を鑑賞するとき、その故郷の北極に思いをはせてみてください。とけゆく北極を、想像してみてください。


そして、
私達ができること、考えてみてください。

【アクセス】
円山動物園
市営地下鉄東西線 円山公園駅下車
バスターミナルよりJRバスに乗車して、動物園前で下車

年始は1月1日より開園しています。2007年の干支、イノシシも来園中!

【参考資料】

  1. 「北極と南極の100不思議」東京書籍 神沼克伊 監修
  2. 「南極・北極の百科事典」丸善 国立極地研究所 編集
  3. 「物理学」裳華房 小出昭一郎 著
  4. http://stepsrx.hp.infoseek.co.jp/fushigi/seafaceup/think01.html


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*1:北緯66.5度より高緯度の地域。この範囲の面積のうち3分の2が海です。

*2:北極圏中心部よりも周辺部のほうが数が多いようです。

*3:アメリカ国立大気研究センターとワシントン大学などの研究チームが「地球物理学研究レター」に発表したものです。特集記事が2006年12月28日付けの北海道新聞に載っています。

*4:

*5:水は固体になったときに体積が増える、珍しい物質です。詳しくはこの記事をご覧ください。

*6:実際は海水に含まれる塩分などの影響もあり、海水面は若干上昇すると考えられます。北極圏の氷が溶けると海水面がどうなるかについては、まだ議論が続いているようです。

*7:海氷は黒い色をした海に対して白くみえるので、太陽からのエネルギーを吸収せず反射します。また、気温が-30度になっても−1.8度という温かさを保つ海の、ふたになります。この働きで、極圏の寒冷な気候が保たれています。海氷が薄くなったりなくなってしまったりすると、太陽エネルギーが吸収されます。さらに温かい海水によって空気が温まり、極圏の気候はどんどん温暖化していくと考えられます。北極海の海水温も地球規模の気候に影響を及ぼしていると考えられているので、北極圏の海水温が上昇することはこれの変動につながります。

 資源の有効活用と狂牛病〜井原水産ほしみ工場の海洋性コラーゲン〜





(写真:井原水産ほしみ工場、写真提供:井原水産)


平成14年にオープンした「井原水産ほしみ工場」では、数の子の加工をはじめ、鮭を原料とした海洋性コラーゲンが生産されています。


■動物性コラーゲンと海洋性コラーゲン

コラーゲンは、人体を構成する重要なたんぱく質で、体たんぱく質のおよそ20〜30%を占めます。皆さんも一度は耳にしたことがあるかと思いますが、皮膚の真皮と呼ばれる深い部分に多く含まれ、日焼けや加齢によってコラーゲン量が減少すると、しわの原因になるとされています。ヒトの皮膚だけでなく、軟骨やじん帯などの主要な成分にもなっています。

コラーゲンが主原料の食品には、よくお菓子などに使われるゼラチンがあります。ゼラチンとは、動物(牛・豚など)の皮膚や骨に含まれるコラーゲンを水と一緒に加熱し、抽出したものをいいます。コラーゲン自体は水には溶けませんが、水と一緒に長時間加熱するとコラーゲンのみつ編み構造がほどけ、冷えたときに固まる性質を持つようになります。

ゼラチンの原材料が動物性コラーゲンしかなかった頃は、すべてゼラチンとひとくくりに呼んでいました。しかし、例えば、煮魚の煮汁が冷えた時に固まるように、魚の皮にもコラーゲンが豊富に含まれています。最近、鮭などの魚類の皮を原料としたゼラチンと動物性由来の原料から作られたゼラチンとを区別するために、「海洋性」や「動物性」という言葉が使われるようになりました。「海洋性コラーゲン」や「動物性コラーゲン」など、コラーゲンから抽出され精製された製品は、定義上「海洋性ゼラチン」あるいは「動物性ゼラチン」ですが、コラーゲンという商品名が好んで使われています。

以下、海洋性コラーゲンについて一緒にみていきましょう。


■開発の経緯

井原水産では、それまで大量に廃棄していた鮭皮のリサイクルとして、海洋性コラーゲンの開発に着手しました。その研究が本当に役立つのか、研究費に使わずに、数の子の宣伝費として使うほうがいいのではないかという反対意見もあったそうです。実際、1999年に特許を取得し、販売開始しましたが、それまで市場に出回っているのは、動物性コラーゲンしかありませんでした。そのため需要も知名度もなく、売り上げが全く延びませんでした。会社は危機に立たされたそうです。


ところが、転機が訪れました。BSE狂牛病)の発生です。


当時、動物性コラーゲンは、食用部分の肉を切り取った後に残る牛の脊椎を利用して作られていました。人獣共通感染症にひとつである狂牛病は、牛の脊椎を粉々にした肉骨粉を牛に与えたことが原因と発表され、2001年に日本でも狂牛病が確認されました。このことが、牛の病変部位を食用にすることに対する不安となり、海洋性コラーゲンの注文が殺到するようになったのです。


人獣共通感染症(人畜共通感染症)とは?

人獣共通感染症とは、脊椎動物とヒトとの間で起こる感染症の総称です。
多種多様なものがあり、記憶に新しいところでは、BSE狂牛病)のほかに、鳥インフルエンザがあります。また、北海道ではキツネや犬・猫が媒介するエキノコックス狂犬病人獣共通感染症のうちのひとつです。

たとえ病原菌が存在していたとしても、ヒトが抵抗力(免疫)を持っている、感染経路が絶たれている、あるいは、その病原菌に対する感受性がなければ感染は成立しません。人獣共通感染症で問題となるのは、種の近さによる「感受性の高さ」です。その点で、魚とヒトは縁遠いので感染しにくく、安全性が高いといえます。


海洋性コラーゲンが選ばれた理由は、牛の脊椎が原料ではないということだけではありません。人獣共通感染症の危険性が低いということが大きな強みとなりました。狂牛病の原因はいまだ解明されてはいませんが、プリオンと呼ばれるたんぱく質が原因ではないかと疑われています。プリオンに高圧・高温を与え、病原性をなくそうとする試みもみられますが、まだ確実な方法が見つかっていないのが現状です。そのため、人工皮膚など人体に直接使用する医療材料として、海洋性コラーゲンが注目されました。



(写真:海洋性(マリン)コラーゲン。2006年12月20日筆者撮影。きめの細かいさらさらしたパウダー状で、純白。味もにおいもありません。)


井原水産の森さんのお話によると、
「薬品を使ってしまえば比較的簡単なのですが、食品工場で他の食品も製造しているため変なものは使えません。それに食を通してお客様に安全と安心をご提供するという会社の理念に反することになります。製造に使用する薬品は食品に使っていいものという制約の中で長い時間をかけて試行錯誤を繰り返しました。そして今のような製品が出来上がったわけです。」
ということでした。
特許などの取得による利益の追求よりも、食品に対する安全性に配慮する。そしてそれをクリアしたものだけを市場に提供する。研究者としての倫理観が伺えます。



■資源の有効活用

ずっと以前、アイヌの人々は、鮭の皮を靴として捨てずに活用していました。近年になって、鮭の加工後、大量に廃棄されていた鮭皮の無駄を無くそうと、北大の研究者と共同で開発した海洋性コラーゲン。今では、美肌効果を目的とした化粧品だけでなく、人工皮膚などの医療分野、そして食品、と様々な分野で利用されています。

(文・伊藤紀代)

【アクセス】

井原水産ほしみ工場

住所 北海道小樽市銭函3丁目263−23
  JR銭函・JRほしみ駅より徒歩約20分。 札幌自動車道銭函ICより車で約5分。
数の子加工は一般の人が見学することも出来ます。


参考文献
1.「医学大辞典」南山堂、2000年
2.佐藤博子ら「系統看護学講座 専門16 成人看護学12 皮膚疾患患者の看護」医学書院、2003年

情報や写真を提供してくださった井原水産の森氏に感謝いたします。


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 地上2万kmからの受皿 〜札幌市立星置中学校〜




札幌市立星置(ほしおき)中学校に電子基準点が設置されているのをご存知ですか?星置中学校は、小樽市との境界に近い手稲区星置にあり、2000年に開校した新しい中学校です。
星置中学校正門)


 この星置中学校の駐車場の一角に、国土地理院が電子基準点を設置しています。歩道のすぐ近くに設置してあるので、誰でも見ることはできますが、電子基準点を知らない人はすぐ見逃してしまうほど地味な存在です。
(写真中央付近の矢印の先に電子基準点があります)


 電子基準点はGPS観測を24時間連続で行っている固定点のことで、日本全国に平均約20km間隔で約1200点設置されています。北海道内には約170点設置されています。札幌市には北方自然教育園星置中学校の2ヶ所にあります。電子基準点の外観は設置年度によって異なります(1)。
(電子基準点)


 大きな地震が起こった後などに、「○○が東に何cm移動しました。」といったニュースが発表されますが、このような地殻変動の基礎データを収集しているのが電子基準点です。このデータは、プレート運動によって日本がどの方向にどれくらい押されているか、などを知るために重要なデータで、1995年の阪神大震災以降に電子基準点の全国的な整備が進みました。また現在は土地の公共測量にもGPS測量機が使われており、公式の測量成果を得るため、電子基準点の情報が利用されています。


 「GPS」という言葉はすでにさっぽろサイエンス観光マップでも数回登場しています。Global Positioning Systemの略で、日本語では汎地球測位システムまたは全地球測位システムと言います。GPSアメリカ国防総省が軍事用として打ち上げたGPS衛星からの信号を受信し、位置を測定するシステムです。信号は軍事用と民間用があり、私達は故意に精度を落とした民間用を利用させてもらっています。GPS観測は天気には左右されませんが、ビルの陰やトンネルの中など空を見渡せない状況では利用できません。私達に一番身近なGPSを利用したものといえば、カーナビでしょう。最近では携帯電話にもGPSが内蔵されています。ではこの原理はどのようなものなのでしょうか。


 現在GPS衛星は、高度20000kmの軌道上を4つのグループに分かれて30個が飛行しています。各々の衛星の位置は予め正確にプログラムされており、しかも毎日軌道を測定し微調整しています。また各衛星には非常に正確な原子時計が搭載されており、地球に送られる信号には時刻情報が含まれています。位置が正確に分かっている衛星から、非常に正確な時刻情報を地上で受信すると、到達時間によって受信点から衛星までの距離が分かります。1つの衛星からの距離が分かると、その衛星を中心とした球面上に受信点があることになります。このように考えると、原理的には3個の衛星からの距離が分かれば地上の1点が決まります。しかし実際は大気などの影響によって、衛星からの信号が遅れるのでその遅れを計算するために4個の衛星からの信号を受信しなければなりません。もちろん4個以上の衛星からの信号を受信し、また長時間観測するほど位置の精度は高くなります。数学的に、空間座標X、Y、Zの3個の未知数と、遅延時間Tを合わせた4個の未知数を求めるため、最低4個の衛星からの情報が必要と考えても良いでしょう。


 このように一つの受信機によってGPS観測された場合、受信点位置の精度は最高で数cm程度です。また受信点を2ヶ所にしてその間の相対距離の変化を求める場合は、数mmの精度で変化を求めることができます。電子基準点を利用した地殻変動の検出は後者の場合です。しかしこのような精度で求められるかどうかは、アメリカの気持ち1つなのです。GPSアメリカの軍事衛星ですから、戦争時などは故意に誤差データを混入させ精度を落とすことができます。例えば、湾岸戦争時は誤差を100m程度まで大きくしたそうです。現在GPSが当たり前のように利用されていますが、平和だからこそ、なのです。


 電子基準点は道の駅や公園にも設置されていますので、読者のみなさんも発見してみてください。


 最後に問題を1つ。GPSはトンネルの中では使えないと書きましたが、カーナビではトンネルを通っているときも自分の位置を表示しています。どうしてそのようなことが可能なのでしょうか?答えは書きませんが、考えてみてください。
(文、写真:ひるあんどーん)


参考
(1) http://terras.gsi.go.jp/gps/gps-based_control_station.html


星置中学校には快く取材を受諾していただきました。ありがとうございました。

札幌市立星置中学校:札幌市手稲区星置3条5丁目13-1


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 雪降る街の不思議なビル 〜読売北海道ビル〜





札幌駅の南口にあるガラスのドームの脇を曲がって、紀伊国屋書店に向かって南口広場を西へ歩いてゆくと、左側にそのビルは建っています。


  • 雪舞う中に建つ不思議なビル


このビルを見ているとめまいのような不思議な感じがしてきます。よく気をつけて見てみると、普通のビルでは平行に並んでいるはずの窓の列が、たがいちがいに斜めに傾いて並んで見えます。


  • 上から数えて奇数番目の列は右側、偶数版目の列は左側が広がって見えませんか?


気になって調べてみると、このビルの窓の並びと似た、このような図形を見つけることができました。


  • この図も右側が広がって見えませんか?


白と黒の四角の列を灰色の境界線で区切って、上下で少しずらして並べたこの図形は、「カフェウォールの錯視」と呼ばれています*1。この図では、二本の灰色の境界線が右に向かって広がっているように見えますが、実際には、この二本の線は平行です(二本の線の間隔はどこでも同じです)。


「錯視」とは、図形や物体の見た目の大きさや位置、方向などが実際とは異なって見える現象です。「カフェウォールの錯視」では、水平線が傾いて見えます。この見かけの傾きの大きさは、白と黒の四角形の重なり等が変わると変化して見えます。


  • 四角形の重なり量の違いによる錯視の見え方のちがい*2


錯視を専門に研究している立命館大学北岡明佳先生にこのビルの錯視についてお尋ねしたところ、より正確には、先生が以前見つけられた「ずれたグラデーションの錯視」が見えているとのお答えをいただきました。


   

  • 左:「ずれたグラデーションの錯視 」(北岡先生の図を改写)  右:読売北海道ビルの壁の見え方の模式図


北岡先生によれば、「ずれたグラデーションの錯視」と「カフェウォールの錯視」は同じ原理に基づいていると考えられるそうです。「ずれたグラデーションの錯視」は、白と黒の四角の間に中間色の部分がある点が「カフェウォールの錯視」と異なります。札幌駅近くのこのビルも、白と黒の間に別の色があるグラデーションの列が、上下で位置をずらせて並べられています。


このビルの、色のグラデーションはどのように作られているのでしょうか。このビルに近づくと、境界線はアルミサッシ、白い部分はコンクリート板、窓は光の反射の割合が異なる二種類のガラスで作られていることがわかります。反射率の高い窓は鏡のように空の色が映って見えますが、反射率の低い窓では、光がビル内へ透過するため窓が黒く見えます。このため、同じガラス窓でも違う色に見えます。


  • 繰り返しの1ユニット(二枚の窓と一枚のコンクリート板)


ビルを見る角度によっては、窓の色の違いや境界線がはっきりと見えず、錯視は見えなくなります。例えば、ビルを真下から見上げると、ガラス窓の色の区別がつかなくなり、錯視が消えます。


  • 下から見上げると錯視が消えます


「カフェウォールの錯視」で線が斜めに傾いて見える理由については、いくつかの考察がなされています。


錯視の中に、同じ形と大きさの図形を白と黒に塗ると、白く塗った方がより大きく見える、というものがあります。「カフェウォールの錯視」でも白い四角形の部分がより大きく見えるため、境界線が傾いてみえるという考えがあります。また、四角の角と境界線のコントラストにより見かけ上の傾きが生じるという考えもあります。その他、人間の脳が目で見た情報を処理する時の様々な機能の特性と、錯視とを関連づけた説明がいくつか提案されています。しかし、錯視の明快さに比べて、その原因に白黒をつけることはなかなか難しいようです。


普段は正しく物が見えているのに、とても単純な図形で錯視が起こってしまうことは不思議なことです。でも、よく考えてみると、私達の目と脳が様々な図形や物の大きさや形を、瞬時に正しく判断できることの方が、実は本当に不思議なことだと気が付きます。錯視は普段は合理的に働く人間の視覚の仕組みが、「ほころび」を見せているところです。錯視が起こる仕組みを調べることは、私達が普段どのような仕組みで物を「見ている」のかを知ることでもあり、人間の脳の研究に大きな役割を果たしています。


ところで、札幌駅前のこのビルに見られる錯視は、設計者がデザインに込めた想いとは別に、偶然に生まれたものでした。


設計者は北海道の冬にきらきらと舞い落ちる粉雪をイメージしてこのビルをデザインしました。このため窓に光を反射するガラスを用い、窓ごとに光の反射率を変えました。また、コンクリート板の中には雪をイメージした白い小石が埋め込まれています。ビル内の店舗や事務所の採光を確保しつつ、窓が映えるデザインを色々と考え、窓の反射率と配置が決められました。はじめて錯視が見られることに気付いたのは、ビルの外観の設計を終え、CGで完成予想図を描いた時だったそうです。


小さな偶然から不思議なことがおこり、そこで抱いた小さな疑問から新しい発見が生まれることがあります。生活の中で時折感じる「あれ?」とか、「おや?」といった感覚を心のなかに大切にしまっておき、ちょっと考えてみたり、調べてみたりすると、意外な発見があるかもしれません。


札幌ではいよいよ本格的な冬が始まりました。この季節には、ビルの窓に映し出される、きらきらと舞い散る雪の姿と、偶然生まれた錯視の不思議とを、ここでは同時に楽しむことができます。



(文、図、写真:佐藤登志男)

【所在地】
札幌市中央区北四条西4−1
【アクセス】
JR札幌駅南口広場を西へ1分


【参考文献】

  1. ジャック・ニニオ 『錯覚の世界 古典からCGまで』 新曜社(2004)
  2. 後藤 倬男, 田中 平八 編 『錯視の科学ハンドブック』 東京大学出版会(2005)


【参考リンク】


【取材協力】

立命館大学 文学部人文学科心理学専攻 北岡 明佳 様

株式会社 三菱地所設計 建築設計部 渡辺 顕彦 様


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*1:「カフェウォール」とは喫茶店の壁、Cafe Wallのことです。この呼び方は、イギリスのブリストルにある喫茶店の壁に貼られたタイルの模様が、平行に並んで見えないことに研究者が偶然気づき、研究を行ったことで広まりました。その喫茶店の写真はここで見ることができます。http://www.richardgregory.org/papers/cafe_wall/cafe-wall_p1.htm

*2:「カフェウォールの錯視」はエクセルなどの表計算ソフトのワークシートのセルに色を塗り、境界線をひくことで簡単に作ることができます。四角形の重なり量や色、境界線の濃度や太さをいろいろ変えて、錯視の見え方がどう変わるのか、いろいろ試して遊んでみるのも楽しいです。

 ごみダスト、コストがかかる、忘れずに…〜白石清掃工場〜



 国道275号線を札幌市内から江別方面に向かって走り、豊平川に架かる雁来大橋を渡ります。すると、右手に高い煙突を持つ巨大な建物がひときわ目立って見えます。この巨大な建物は、平成14年11月に完成した札幌市内で最も新しい清掃工場の白石清掃工場です。

 清掃工場はごみを焼却する施設です。焼却することによりごみの容積を減らし、ごみ埋め立て地がより長く使えるようになります。また、清掃工場では、ごみ自身が持っている熱エネルギー*1の再利用も行っています。焼却で生じた熱エネルギーで発電を行い工場内施設の動力源とし利用し、さらに余剰な電力は売却しています。白石清掃工場は、別名、札幌市白石発電所と名づけられています。

 この白石清掃工場は、事前に電話予約をすると、係りの人から工場内施設の説明を受けたり、工場内の見学をすることができます。工場内見学では、焼却炉内でバーナーや補助燃料などの助けを得ないでごみが燃えている様子をテレビモニターで観察することもできます。今回は白石清掃工場内の見学リポートです。


ダイオキシン類への対策

 白石清掃工場の処理能力は、札幌市の清掃工場中、最も大きく3基の焼却炉で一日当たり最大900tのごみを焼却することができます。また、大きな処理能力だけでなく環境に配慮し安全に処理をする工夫を凝らした設備も持っています。その代表的が、ダイオキシン類への対策を行う最新の設備です。
 近年、環境汚染物質として問題となっているダイオキシン類は、主にごみ焼却場から排出される排気ガスが発生源とされています。ダイオキシン類は炭素・水素・酸素・塩素が重金属とともに熱せられる過程で焼却炉内で自然に合成されます。特にごみが不完全燃焼し焼却炉内の温度が約300℃前後のとき最も合成されます。ごみを焼却する過程では、ダイオキシン類が発生することを避けることができません。

 そこで、白石清掃工場の焼却炉にはダイオキシンを排出しないように、いくつかの対策がしてあります。
 一つは焼却に必要な空気を、焼却炉の熱を利用した空気予熱器で約100℃に暖めた後、送風機により焼却炉に送り込むということです。これにより新たに投入されたごみを十分に乾燥させ燃焼させることができます。また、酸素不足による不完全燃焼を防ぐこともできます。その結果、焼却炉内の温度が低下せず、ダイオキシン類が分解される850℃以上の高温でごみを燃焼させることができます。

 次に、発生した排気ガスの温度管理をしていることです。ダイオキシン類は高温の焼却炉で分解させても、排気ガスが冷えていく過程で再合成してしまいます。再合成は300℃前後で最も盛んになります。そこで、高温の排気ガスに水を噴霧して、ダイオキシンの再合成が進まない約150℃の温度環境まで速やかに冷却されます。

 さらに、冷却した排気ガスに、今度は活性炭を噴霧しダイオキシン類を吸着除去します。その後、活性炭に吸着されたダイオキシンは熱分解装置で処理し分解します。

 これらの対策により、白石清掃工場の排気ガス中に含まれるダイオキシン類の量は平成16年測定値で1号焼却炉の0.0032 ng-TEQ/Nm3〜3号焼却炉の0.0000071 ng-TEQ/Nm3*2となっており、これは国が定めた排出基準0.1 ng-TEQ/Nm3を大きく下回っています。


■焼却灰の処理

 白石清掃工場のもうひとつの特徴は、焼却灰や排気ガスに含まれる小さな灰(飛灰といいます)を集めて、灰溶融炉という施設でもう一度処理が施されることです。灰溶融炉を持つ清掃工場は札幌では白石清掃工場だけです。白石清掃工場にある灰溶融炉は、プラズマ式溶融炉です。溶融炉の中で直流電流のアーク放電により高温のプラズマを作り出し、焼却灰を1400℃まで加熱し溶融します。

 従来の清掃工場では焼却灰はそのままごみ埋め立て地に埋めていました。しかし、焼却灰にもダイオキシンや有害な銅やクロムなどの重金属イオンが含まれていることから、雨水や地下水が浸透し侵出することで埋立地周辺の地下水を汚染する恐れがありました。

 灰溶融炉で溶融した焼却灰は水で急冷されスラグというガラス質の化学的に安定した物質になります。焼却灰をスラグ化すると有毒な物質の流出を防ぐことができます。スラグ化により焼却灰の容積を1/2程度に圧縮することができ、埋立地をより長期に利用することが可能になります。

 また、この過程で焼却灰に含まれていたダイオキシンは分離され処理することができます。さらに銅やクロムなどの重金属イオンや焼却灰に含まれていた金属類は合金(メタル)として取り出すことができます。焼却灰から取り出された合金には金がかなり含まれており、その含有率は金鉱石並だそうです。

 このように、白石清掃工場では排気ガスの安全性だけでなく、灰溶融炉により焼却灰からも有害物質を取り除き環境への負担を減らし安全性を高めています。


■ごみ処理のコスト
 このように白石清掃工場は、最新の設備を持ち環境に配慮しごみを安全に処理することのできる清掃工場です。また、ごみの焼却で得た電力の売却益が年間5億円、焼却灰から取りだした合金の売却益が年間500万程度あり、ごみの再資源化も行っています。ごみ処理は、コストをかけずに安全に、が理想です。
しかし、現実には安全にごみを処理するために必要なコストは高額です。白石清掃工場で見てみると、設計耐用年数が30年で建設費が570億円。さらに、焼却炉のメンテナンスや薬剤の購入費などの維持費が毎年11億円ほど必要です。
また、札幌市全体で見てみると、ごみ処理に年間296億円(平成16年度)という巨額の費用をかけています。これらの費用には、当然私たちの税金が使われています。ごみ処理の費用を節約する基本は、ごみの量を減らすことです。ごみを出すときには、ごみ処理に必要なコストを忘れずにごみの量を減らすよう心掛けたいと思いました。


(文・写真 三浦久和)

【アクセス】
札幌市白石区東米里2170番
新札幌バスターミナルより 中央バス 厚別通線[白38]に乗車し、停留場「厚別幹線通」下車

参考リンク

  1. 白石清掃工場ホームページ 

参考資料

  1. さっぽろごみゼロニュース vol.16 札幌市環境局発行
  2. さっぽろごみ事情2006 札幌市環境局発行 

謝辞
記事制作にあたり、白石清掃工場 山本さんにご協力いただきました。ありがとうございます。

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*1:ごみ1kgあたり2300kcalの熱エネルギーを持つそうです。

*2: ng=10億分の1g, TEQ=ダイオキシン類は種類によって毒性が異なるため、最も毒性の強い2,3,7,8‐TCDDの毒性に換算した量で表現します。例えば、2,3,7,8-TCDFは2,3,7,8-TCDDの10分の1の毒性を持つため、10ngの2,3,7,8‐TCDFは1ng-TEQと表現されます。 /Nm3=0℃、1気圧の気体1立方mあたり

 薫るヨーロッパのクリスマス 〜大通公園 ミュンヘンクリスマス市in Sapporo〜





大通公園の西2丁目にモミの木で飾られた小さな店が並んでいます。「ミュンヘンクリスマス市 in Sapporo」は、ドイツ ミュンヘン市との姉妹都市提携30周年となった2002年から始まりました。

  • クリスマス市風景(撮影 2006/11/25)


【スパイスが薫るワイン、ブーケ】
ミュンヘンクリスマス市の名物はソーセージに代表されるドイツの食べ物と、温かい赤ワイン(ドイツ語でグリューヴァイン)です。グリューヴァインはあたためた赤ワインにスパイス(シナモン*1クローブ*2)とオレンジの皮などの香りをうつしたものです。ワインにスパイスの香りが加わり、体が温まる飲み物です。


ここでは、ドイツのクリスマス装飾品、工芸品なども販売されています。その中に独特な香りを放つ工芸品、ザルツブルガーゲビンデがあります。ドイツとオーストリアの国境に近い、ザルツブルク*3周辺で作られる伝統工芸品で、クローブ、シナモン、スターアニス*4などを細いワイヤで巻き、リボンや造花などと組み合わせたブーケや壁飾りです。聖書では、キリスト生誕後に東方から三人の博士が贈り物を持ってやってきたとされます。その贈り物の一つが香料(スパイス)であったことから、キリストの生誕を祝うものとしてスパイスで作ったブーケを飾るのだそうです。


  • 左:ザルツブルガーゲビンデ/ 右:使われているスパイス(撮影 2006/11/30)


クローブとシナモン】
シナモンは、「八ツ橋」に使われているニッキ*5とよく似た香りです。甘味を引き立てるので、アップルパイ、ドーナツ、シナモンロールなどのお菓子やカレー、ソースに使われます。クローブはシナモンに比べると馴染みが薄いですが、ウスターソースや中華料理に使われる五香粉に含まれます。甘く、強い香りをもち、アイスクリームや洋菓子に添加されるバニリン*6を合成する原料としても使われます。


クローブやシナモンはじめ各種のスパイスは、ドイツのクリスマスに欠かせないお菓子、シュトーレン*7やレープクーヘン*8にも含まれます。日本ではケーキやクッキーにバニラで香りづけをすることがほとんどなので、ドイツのお菓子の風味には違和感を覚える人もいるでしょう。ドイツ周辺では11月からお菓子をつくり始め、少しずつ食べたり、ツリーに飾ったりします。でも、11月に作ったお菓子がクリスマスまで日持ちするのはなぜでしょうか?その秘密はスパイスにあります。


【スパイスの"ちから"】
クローブとシナモンはオイゲノールという、芳香成分を含む精油*9を持っています。
この物質には抗菌・防カビ作用、沈静作用、局所麻酔作用、抗炎症作用、防虫作用などがあります。中国では口臭を防ぐために口に含んだり、刀のさび止めとしても用いられました。日本に伝来したのは8世紀頃と言われ、奈良時代聖武天皇大仏開眼の時に身につけた冠にクローブが真珠とともに飾られていたそうです。平安時代には衣類の薫香、防カビ、防虫のために着物をクローブで染める「丁子染め」が行われていました。
ヨーロッパの人々も中世からオイゲノールの効用を知り、利用してきました。たとえばオレンジやりんごなどのフルーツにクローブをびっしりと刺した「ポマンダー」と呼ばれるものは、魔よけや病気予防のお守りとして、また消臭のために使われました。
クリスマスのお菓子もクローブやシナモンを混ぜ込むことで長期保存ができ、1か月にわたって楽しめるのです。


  • オレンジポマンダー(撮影 2006/12/2)


【香りと記憶】
香りによって、過去の体験や記憶がよみがえることがあります。
数年前、ほんの短い期間ですが私はオーストリアで生活しました。当時は苦手だったクローブの強い香りが今は懐かしく、彼の地でのクリスマスやさまざまなできごとを思い出させてくれます。
5回目を迎えた札幌のクリスマス市。美しいイルミネーションに彩られた大通公園で、ヨーロッパの香りに包まれてみませんか?



(文・写真 原林 滋子)

【アクセス】
大通公園2丁目ホワイトイルミネーション会場
地下鉄南北線東西線東豊線「大通駅」26番出口
【開催期間】
2006年11月22日(水)〜12月17日(日)
月〜金 正午〜21:00、土日祝 11:00〜21:00

参考リンク

  1. スパイス&ハーブ総合研究所 
  2. 生薬、薬用植物(薬草)と身近な野生植物(野草)のページ
  3. 食材辞典
  4. die Hausfrauenseite
  5. 幸運をよぶ香りのお守りフルーツポマンダー


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*1:原料はセイロンニッケイというクスノキ科の木の樹皮。

*2:インドネシア モルッカ諸島原産。フトモモ科の植物のつぼみ。丁子(ちょうじ)とも呼ばれる。丁子とは、釘(くぎ)の意味で、つぼみの形が釘に似ていることから名づけられた。

*3:オーストリア ザルツブルク州の州都。モーツァルト生誕の街として有名。

*4:八角ういきょうとも呼ばれる。中国原産の常緑高木トウシキミの果実。

*5:原料はクスノキ科シナニッケイの根。シナモンの原料となるセイロンニッケイは近縁種。

*6:ラン科バニラの果実に含まれる香気成分。

*7:ドライフルーツを混ぜて焼いたパンに粉砂糖をまぶしたもの。白い粉砂糖が幼子イエスを包む産着に見立てられる。

*8:蜂蜜を混ぜ、熟成させた生地で作るクッキー。

*9:植物の花、葉、茎、樹皮などから抽出された揮発性の液体。「森林浴の『快適さ』とは?〜野幌森林公園〜」参照

 優勝パレードの紙吹雪と紙のリサイクル〜(南1条西)4丁目交差点〜

 北海道日本ハムファイターズの優勝パレードが11月18日にありました。15万人の見物客が出て、大変盛り上がりました。パレードといえば「紙吹雪」。今回のパレードでも、札幌繁華街の中心地点である4丁目交差点の四隅のビルの屋上から、なんと1.2トンもの紙吹雪が、工事用の扇風機を使って、札幌の空に巻かれたそうです。


古紙回収率 日本は第8位
 この紙吹雪。統計的にいうと約3分の1が古紙です。紙を作る原料には32.1%の古紙が使われています*1ダンボールなどの板紙の原料には、実に89.5%もの古紙が使われていて、紙と板紙をあわせた全体の古紙回収率は、57%になります。ちなみに、世界の主要国の平均は45%で、世界のトップはオーストラリアで80%。次いでオランダが78%。日本の57%は、第8位です。


◆紙のリサイクルに限度はあるの?
 さて、紙のリサイクルが進むことは資源節約の面からも喜ばしいことですが、一体、紙はどれくらいの回数リサイクルすることができるのでしょうか?これには、もともとの紙の作られ方が大きく関係しています。


◆紙の製造工程 基本は3つ
 紙を作る立場から見ると、紙とは、「植物性繊維を水に分散させ、脱水・乾燥の工程を経て繊維を絡み合わせて薄葉物、すなわちシート状にしたもの*2」と定義されます。この定義の中に、紙の製造工程を見ることができます。

 まず原料から、植物繊維を取り出す工程が必要です。取り出した繊維の集まりを「パルプ」と呼ぶので、この工程をパルプの製造工程といいます。次にパルプを水に溶かして、たたきます。こうしないと植物繊維がうまく絡み合わず、丈夫な紙ができないのです。最後に、水に薄く延ばして、紙をすき、乾燥させます。この3つの工程が紙を作るときの基本になります。


◆木材の主要3成分
 パルプの原料には、木材を使います。木材の主要成分は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つです。木材を鉄骨プレハブにたとえると、セルロースが鉄骨にあたり、紙を作る植物繊維の主役となります。ヘミセルロースは壁と鉄骨をつなぐボルトで、リグニンが壁材にあたります。この木材から、パルプを取り出すには、主に2つのやり方があります。機械パルプ化法と、化学パルプ化法です。


◆機械パルプ化法と化学パルプ化法
 機械パルプ化法は、原料となる丸太を直接、機械を使ってすりつぶします。この方法で作られたパルプは新聞紙などに使われます。原料の90%以上がパルプになります。作り方からわかるように、機械パルプ化法で作られたパルプには、セルロースも、リグニンも、ヘミセルロースもそっくりそのまま残されています。

 化学パルプ化法は、原料として小さな木片の集まりである木材チップ*3を使います。木材チップに、カセイソーダと硫化ナトリウム*4という薬品をまぜて、煮ると、リグニンとヘミセルロースが溶け出します。化学パルプ化法は、セルロースを繊維の主体として取り出す方式です。原料に対して、60%ぐらいがパルプとして取り出せます。化学パルプ化法は、原材木の種類を選ばず、白い紙を作ることができ、しかも使用した薬品の回収ができるなど、製造工程上の優れた特長を持っています。そのため現在の製紙工業では、化学パルプ化法が全盛で、80%以上のパルプがこの方式で作られます。

 化学パルプ化法でつくられたパルプは、リグニンとヘミセルロースが溶け出してしまいセルロースのみが残されるので、繊維同士の間に空間があるスポンジのようになります。これを水につけ、たたくと、繊維間の空間が広がり、繊維のまわりに毛羽立つような細かな毛が作られ、さらに繊維が切れて短くなります。これを薄くのばして、乾燥させると、繊維の間にあった水がなくなり、細かな毛同士がしっかりと絡み合って強い紙ができるのです。
 こうして出来上がった紙は、さらに表面を加工されたり印刷されたりして用途に応じて使用されます。それでは次に、この紙がリサイクルされる時に何が起こるのかみてみましょう。


◆化学パルプは再生すると紙の強度が落ちる
 最初の役割を終えて、古紙が回収されてきました。これを、もう一度パルプの原料にするには、印刷されたインクをとって、水に浸してやります。ここで、再び古紙が水を吸って、スポンジのようになってくれると都合がよいのですが、化学パルプ化法でつくられた紙の場合は、あまりに繊維同士がぴったりくっついているので、十分に水を吸うことができないのです。このために、リサイクルされたパルプは、周りのパルプと十分に絡み合うことができなくなり、紙の強度が落ちてしまいます。化学パルプの場合、3回再生すると、強度が大幅に落ちるといわれています。


◆機械パルプは再生しても大丈夫
 これに対して、機械パルプ化法で作られたパルプには、ヘミセルロースやリグニンがセルロースの中に残ったままになっています。このため、水に浸して、叩いて、脱水しても、化学パルプで作ったほどには、繊維同士が強く密着しません。これが古紙として回収されてきたときには、強く密着していない分、2度目の水を十分に含むことができ、周りのパルプと十分に絡み合うことができます。機械パルプの場合、リサイクルしても、紙の強度がさほど落ちないのです。

 
古紙回収率で決まるリサイクルの回数
 しかしながら機械パルプを用いるとしても、永遠にリサイクルが可能なわけではありません。仮に、50%の回収率で古紙を製造パルプの中に混ぜて紙をつくる場合、2回目には25%だけが回収されることになり、3回目には12.5%、4回目には6.25%、5回目には、3.125%となり、実質的なパルプのリサイクルは長くても5〜6回ぐらいと推定されるのです。


◆紙のリサイクルのもう一つの効用
 紙のリサイクルを行うと、森林資源の節約ができることはもちろんですが、もう一つ大切なことがあります。それはゴミの量を削減できるということです。日本全国の容器包装廃棄物のうち、約30%が紙類です*5。従って、紙のリサイクルを進めることは、ゴミ問題の軽減にかなり貢献できるのです。ちょっとの手間はかかりますが、新聞紙にせよ、牛乳パックにせよ、事務用紙にせよ、紙を燃やしてしまうのではなく、リサイクルに回すことで、それだけゴミは減り、森林資源が節約できます。さあ、みなさん、面倒がらずに紙のリサイクルをしましょう。

(文:中村滋

【住所】
札幌市中央区南1条西4丁目
【アクセス】
市営地下鉄 南北線東西線「大通」駅下車 徒歩


【参考文献】

  1. 原啓志『紙のおはなし』日本規格協会、2002
  2. 門屋卓編著『新しい紙の機能と工学』裳華房、2001
  3. 大江礼三郎他『パルプおよび紙』文永堂出版、1991
  4. 『朝日百科 植物の世界10 単子葉類2』寺澤一雄「紙の将来」pp254-256、朝日新聞社、1997


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*1:2000年の経済産業省「紙・パルプ統計」によります。

*2:「新しい紙の機能と工学」門屋卓著p2より引用。

*3:木材チップは、大きさが3cm×3cm、厚さ5mmぐらいの木片です。主に丸太から建築用材をとった残りの端材などから、チッパーという装置を使って作ります。

*4:この薬品のセットを用いる方式をクラフト法といいます。以下の本文の化学パルプ化法の特長は、クラフト法のものです。

*5:1995年の厚生労働省の統計によります。