資源の有効活用と狂牛病〜井原水産ほしみ工場の海洋性コラーゲン〜





(写真:井原水産ほしみ工場、写真提供:井原水産)


平成14年にオープンした「井原水産ほしみ工場」では、数の子の加工をはじめ、鮭を原料とした海洋性コラーゲンが生産されています。


■動物性コラーゲンと海洋性コラーゲン

コラーゲンは、人体を構成する重要なたんぱく質で、体たんぱく質のおよそ20〜30%を占めます。皆さんも一度は耳にしたことがあるかと思いますが、皮膚の真皮と呼ばれる深い部分に多く含まれ、日焼けや加齢によってコラーゲン量が減少すると、しわの原因になるとされています。ヒトの皮膚だけでなく、軟骨やじん帯などの主要な成分にもなっています。

コラーゲンが主原料の食品には、よくお菓子などに使われるゼラチンがあります。ゼラチンとは、動物(牛・豚など)の皮膚や骨に含まれるコラーゲンを水と一緒に加熱し、抽出したものをいいます。コラーゲン自体は水には溶けませんが、水と一緒に長時間加熱するとコラーゲンのみつ編み構造がほどけ、冷えたときに固まる性質を持つようになります。

ゼラチンの原材料が動物性コラーゲンしかなかった頃は、すべてゼラチンとひとくくりに呼んでいました。しかし、例えば、煮魚の煮汁が冷えた時に固まるように、魚の皮にもコラーゲンが豊富に含まれています。最近、鮭などの魚類の皮を原料としたゼラチンと動物性由来の原料から作られたゼラチンとを区別するために、「海洋性」や「動物性」という言葉が使われるようになりました。「海洋性コラーゲン」や「動物性コラーゲン」など、コラーゲンから抽出され精製された製品は、定義上「海洋性ゼラチン」あるいは「動物性ゼラチン」ですが、コラーゲンという商品名が好んで使われています。

以下、海洋性コラーゲンについて一緒にみていきましょう。


■開発の経緯

井原水産では、それまで大量に廃棄していた鮭皮のリサイクルとして、海洋性コラーゲンの開発に着手しました。その研究が本当に役立つのか、研究費に使わずに、数の子の宣伝費として使うほうがいいのではないかという反対意見もあったそうです。実際、1999年に特許を取得し、販売開始しましたが、それまで市場に出回っているのは、動物性コラーゲンしかありませんでした。そのため需要も知名度もなく、売り上げが全く延びませんでした。会社は危機に立たされたそうです。


ところが、転機が訪れました。BSE狂牛病)の発生です。


当時、動物性コラーゲンは、食用部分の肉を切り取った後に残る牛の脊椎を利用して作られていました。人獣共通感染症にひとつである狂牛病は、牛の脊椎を粉々にした肉骨粉を牛に与えたことが原因と発表され、2001年に日本でも狂牛病が確認されました。このことが、牛の病変部位を食用にすることに対する不安となり、海洋性コラーゲンの注文が殺到するようになったのです。


人獣共通感染症(人畜共通感染症)とは?

人獣共通感染症とは、脊椎動物とヒトとの間で起こる感染症の総称です。
多種多様なものがあり、記憶に新しいところでは、BSE狂牛病)のほかに、鳥インフルエンザがあります。また、北海道ではキツネや犬・猫が媒介するエキノコックス狂犬病人獣共通感染症のうちのひとつです。

たとえ病原菌が存在していたとしても、ヒトが抵抗力(免疫)を持っている、感染経路が絶たれている、あるいは、その病原菌に対する感受性がなければ感染は成立しません。人獣共通感染症で問題となるのは、種の近さによる「感受性の高さ」です。その点で、魚とヒトは縁遠いので感染しにくく、安全性が高いといえます。


海洋性コラーゲンが選ばれた理由は、牛の脊椎が原料ではないということだけではありません。人獣共通感染症の危険性が低いということが大きな強みとなりました。狂牛病の原因はいまだ解明されてはいませんが、プリオンと呼ばれるたんぱく質が原因ではないかと疑われています。プリオンに高圧・高温を与え、病原性をなくそうとする試みもみられますが、まだ確実な方法が見つかっていないのが現状です。そのため、人工皮膚など人体に直接使用する医療材料として、海洋性コラーゲンが注目されました。



(写真:海洋性(マリン)コラーゲン。2006年12月20日筆者撮影。きめの細かいさらさらしたパウダー状で、純白。味もにおいもありません。)


井原水産の森さんのお話によると、
「薬品を使ってしまえば比較的簡単なのですが、食品工場で他の食品も製造しているため変なものは使えません。それに食を通してお客様に安全と安心をご提供するという会社の理念に反することになります。製造に使用する薬品は食品に使っていいものという制約の中で長い時間をかけて試行錯誤を繰り返しました。そして今のような製品が出来上がったわけです。」
ということでした。
特許などの取得による利益の追求よりも、食品に対する安全性に配慮する。そしてそれをクリアしたものだけを市場に提供する。研究者としての倫理観が伺えます。



■資源の有効活用

ずっと以前、アイヌの人々は、鮭の皮を靴として捨てずに活用していました。近年になって、鮭の加工後、大量に廃棄されていた鮭皮の無駄を無くそうと、北大の研究者と共同で開発した海洋性コラーゲン。今では、美肌効果を目的とした化粧品だけでなく、人工皮膚などの医療分野、そして食品、と様々な分野で利用されています。

(文・伊藤紀代)

【アクセス】

井原水産ほしみ工場

住所 北海道小樽市銭函3丁目263−23
  JR銭函・JRほしみ駅より徒歩約20分。 札幌自動車道銭函ICより車で約5分。
数の子加工は一般の人が見学することも出来ます。


参考文献
1.「医学大辞典」南山堂、2000年
2.佐藤博子ら「系統看護学講座 専門16 成人看護学12 皮膚疾患患者の看護」医学書院、2003年

情報や写真を提供してくださった井原水産の森氏に感謝いたします。


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