市場生物学ノススメ 〜札幌中央卸売市場・場外市場〜

北海道、といえば新鮮な食べ物をイメージする方は多いでしょう。
今回は、JR桑園駅の近くにある、札幌中央卸売市場(おろしうりしじょう)の外市を紹介します。


札幌中央卸売市場には、主に北海道各地から水産物と青果があつまり、全国のお店に売られていきます。
中央卸売市場は専門の方のみが入れる場所ですが、
そのすぐそばにあるのが場外市場、ここはだれでもお買い物できる場所で、北海道の海産物が所せましと並べられています。


  • 外市場。通りをはさんで70 近い店が並ぶ。食事ができる店もある。 (撮影:2006/2/18)


  • 店頭にならぶカニ。やっぱり北海道といえばカニでしょうか? (撮影:2006/2/18)


市場で何が科学?と思われるかもしれませんが、
市場と魚の研究には切っても切りはなせない関係があります。




■市場で新種発見!?


海や湖は広く、水の中にすむ生物の分類学*1はいつも現場に行って、魚をとれるわけではありません。

そこで、毎日のように各地(各海?)から魚が集まってくる市場は格好の研究の場なのです。


生きた化石”として有名なシーラカンスは、
1938年に南アフリカにおいて、地元博物館の学芸員と協力関係にあった漁船が採集したものです。


その後の1997年、インド洋をはさんで東側のインドネシアでもシーラカンスが発見されました。
新婚旅行に来ていた海洋生物学者が市場を見物していてシーラカンスを見つけたのです。

  • 20世紀生物学の大発見の一つ、シーラカンスと市場の関係は大きい


2005年には日本の研究グループが、カンボジアの市場で新しい属*2 *3の淡水魚を発見しました。


海外だけではありません。
東京の築地市場も、魚類学者達が新種の魚をさがしまわった場所でした。
築地市場のすぐそばにはおさかな普及センター資料館があり、魚のあれこれを知ることができます。


新種さがしは、漁師さんと市場と研究者の共同作業によるといってもいいかもしれません。


■食べることと科学


もちろん、ふつうの人が市場に行ってすぐに、新種発見!とはいきません。
でも、ふだん何気なくやっていることに、実は科学のタネがかくれているのです。


食べる」ということは、生活上の身近な問題としても、
すべての生き物が生きる上でも最も大事なことです。


ですから、人類が生き物に対してもった一番はじめの興味は、
「食べられるか(可能)」、「食べられるか(受身)」だったでしょう。
このように、生き物の特徴を観察分類し、仲間で共有し、子孫に伝えていくことは、
生きるのに必要不可欠なことであると同時に、分類学の始まりの始まりでもあります。


  • 「食べられるか、食べられるか」の“原始生物分類学


さすがに市場には私たちをゴチソウにしてしまうような恐ろしい生き物はいませんが、
市場に並んでいる生き物を見て、体の特徴から、どれがシャケでどれがタラかを見分け、
そして、シャケ・ホッケ・タラを魚、
ホタテ・ツブ・ホッキを貝、
タラバガニ・ケガニなどをカニ、と大きくグループ分けをすることができるでしょう。

  • 店先に並ぶ貝たち。左はホタテ、右下はマツブ、右上はホッキ。どれも「貝」と呼ばれていますが、形も違うし名前も違う。でも似ているところもあるから同じ「貝」なのです。さてそれは何?


市場の人に聞けば、とれた場所や食べ方も教えてもらえるでしょう。
さらに、さばくときに胃の中を調べれば、何を食べていたのか分かり、食物連鎖を実体験することができます。


ちなみに、シーラカンスの調査解剖を行った後に、
身を食べてしまった研究者もいるようです。
やはり、食べものとしての興味は根が深〜いようですね。


《オマケ》

  • 食べる生物学の実践。(A)お歳暮でいただいた、全長約80cmのマダラ。種小名 macrocephalus*4(“大きい頭”の意味)のとおり、ほとんど4頭身。(B)胃の中から何かのぞいています。(C)胃の中から5cmほどのカニ*5が出てきました!もちろんタラはおいしくいただきました。 (撮影:2005/1/31)


《追記:2006/3/25》
つぶろうさんのコメントをいただき、タラの胃から出てきたナゾのカニの写真を掲載いたします(クリックで拡大)。
カニは70%エタノールにいれて保存しています。保存しているビンを開けるとプ〜ンとカニの臭いがいたします。


  • ナゾのカニの背側。一番前方にあるトゲ(額歯?)から後縁まで約5cm。頭胸甲(胴体の甲羅)の背側にあるトゲの数と位置が分類には重要な形らしいですが、私にはサッパリです。肢はハサミが1対、歩脚が4対の計5対です。左の第1歩脚は失われています。また右の第1歩脚も他に比べてふた周りほど小さですね。


  • ナゾのカニを後ろから撮影。こちらの方がトゲがよくわかるでしょうか?素人目には第2〜4歩脚はどれもほとんど同じ形をしているように見えました。


  • ナゾのカニの腹側。こんな写真でよろしいでしょうか? カニ素人なので肝心の必要な情報が含まれていない、ということもあるかと思います。必要ならまたアップします。


(文・撮影・図:川本思心) 最終更新:2006/3/25 ver. 2.0

【公式サイト】


【住所(場外市場)】

  • 中央区北12西21〜22(詳しくは上記場外市場のサイトをご覧ください)


【参考資料】

  1. 「四億年の目撃者」シーラカンスを追って (文春文庫)』 サマンサ・ワインバーグ 戸根由紀恵訳 文春文庫 2001
  2. 動物解剖図』 日本動物学界編 丸善 1990
  3. 新日本動物図鑑 (中)』 岡田要編著 北隆館 1965
  4. 市場魚介類図鑑 ぼうずコンニャク(web)

*1:分類学】生き物の特徴を調べて名前をつける学問。生物学の基礎中の基礎。他の生き物との仲間関係を調べることで、生物の間の進化的関係を知ることができる。

*2:【種(しゅ)】自然条件下で子供を作れて、その子供がまた子供をつくれる、互いによく似た姿をした生き物の集団のこと。分類グループの最小単位。

*3:【属】種のひとつ上の分類グループ。いくつもの近い種類の種があつまって、属にまとめられる。新しい属の魚が見つかったということは、同じ属の生き物がこれまでに見つかっていないということなので、非常に大きな発見ということになる。

*4:【学名】生物の学問上の正式な名前を学名と呼び、二名法と呼ばれる方法で付けられる。マダラの学名は、Gadus macrocephalusであり、前半が属名、後半が種小名になっており、あわせて種名と呼ぶ。

*5:【同定(どうてい)】採取した生物が、どの種であるかを確かめること。同定のための文献や、標本と照らし合わせて行う。これまでに記録されていない種であることが確かめられて初めて、その種は新種であるとされる。したがって「新種発見」にはかなりの時間と労力を必要とする。ちなみに『新日本動物図鑑』によると写真Cのカニはニッポンモガニに一番似ているようだが、報告されているニッポンモガニとマダラの生息地は重なっていない。