ふわふわ雪虫 ぽわぽわ命の旅 〜森林総合研究所 北海道支所〜


おなかに白い綿のようなものをふわふわとつけた小さい虫を、北海道では雪虫と呼びます。この虫が辺りを飛び始めてから1〜2週間で初雪が降る、など、雪の降る時期を占う風物詩となっています。


今回は雪虫の正体にせまってみることにしました。
調べていくうちに、雪虫には様々な種類がいることがわかりました。
雪虫の中でも代表的な虫として、トドノネオオワタムシのことをご紹介しますが、札幌市中心部で見られる雪虫トドノネオオワタムシではなくケヤキフシアブラムシという別の種類の雪虫であることが取材中に判明しました。

そこで、雪虫を研究されている北海道大学農学研究科の秋元先生に、トドノネオオワタムシ観察スポットを伺ったところ、森林総合研究所 北海道支所のことを教えていただきました。
実はこの場所には、筆者はまだ行ったことがありませんが、近日中に様子をご紹介できる予定です。


今回はまず雪虫の不思議な生態についてご紹介します。


雪虫の正体】

雪虫と呼ばれる虫は、実は何種類かいます。

中でも有名なのはトドノネオオワタムシという虫です。

トドノネオオワタムシはその名の通り、夏の間(6〜10月)はトドマツの木の根に寄生します。

この期間のトドノネオオワタムシは、トドマツの木の汁を吸いながらの生活をおくります。
気温が下がる10〜11月頃に、彼らはトドマツから離れてヤチダモという別の木に移り住みます。

私たちが雪虫に出会い、初雪の時期を占っているのは、この移住の時です。


【単為生殖と有性生殖

トドマツの木にいる間、トドノネオオワタムシは「単為生殖」を行います。

単為生殖とは、子を作る時にオスが必要とされない生殖のことです。*1

トドノネオオワタムシは、夏の間この単為生殖でどんどん子*2をつくります。
単為生殖で生まれてくる子は全てメスで、うまれてきたメスも数回の脱皮の後単為生殖をはじめ、メスを生みます。


単為生殖には、オスとの交尾を必要としないというメリットがあります。夏の間単為生殖を繰り返すトドノネオオワタムシは、この期間のうちに数を何倍にも増やすことができます。
この時期のトドノネオオワタムシにもほわほわの綿*3がついています。
しかし羽を持っておらず、ずっと地中で生活しています。


季節がかわり、冬に近づくと、羽を持つ虫が生まれてきます。*4

羽を持つ虫は、地上からか弱い力で飛び立ち、今度はヤチダモという木をめざします。
このときの姿が、私たちが目にする「雪の降る前に飛ぶ雪虫」です。

雪虫は、ヤチダモに無事到着すると今度は、それまでのようにメスだけでなく、オスも生むようになります。*5
このメスとオスは脱皮をくりかえして成長し、十分に成長したら交尾を行います*6。ここで交尾をすることで、今までの単為生殖ではなく有性生殖が行われることになります。



有性生殖によってメスは1個の受精卵を産み、やがて死んでしまいます。
産みおとされた卵はそのまま樹皮の上で厳しい冬を越し、春に孵化します。
孵化して成長したトドノネオオワタムシは、再びトドマツに帰り、単為生殖を繰り返すようになります。



トドノネオオワタムシがわざわざ有性生殖を行う理由は、オスとメスの遺伝情報を受け継ぐ子を作ることによって、子が持つ遺伝子にバリエーションをもたせるためと考えられています。*7


【木と木の間の命の旅】

雪虫は、単為生殖をしている間はメスだけで数を増やすことができるので、一見とても効率のいい子作りをしているように見えます。

また、ヤチダモの木に集合することで、有性生殖も効率よく行われているようにみえます。

しかし、トドマツとヤチダモの木を行ったりきたりすることはあの小さな虫には決死の旅です。

おしりについたぽわぽわの綿は蝋物質で、べとべとしていて、
ひとたび人間や自転車、車のガラスについてしまえば、自力で飛び立つことすら難しい。

雪虫にとって、生命をつなげていく旅は、とても過酷なものでしょう。


【今年の雪虫

みなさん今年は雪虫を見ましたか?

今年の雪虫の数は例年に比べ大変少ないそうです。

今年の夏を思い出すと、暑くて晴れの日の多い夏でしたね。
夏の間に単為生殖を繰り返すトドノネオオワタムシにとって、夏が暑いことは都合がいいのですが、雨が少ないと木々に悪影響を及ぼします。
木の汁を吸って生きているトドノネオオワタムシにも、この影響が及んだと考えられています。


また、住処であるトドマツの植林が行われなくなったこと*8や、地球温暖化の影響で、この先雪虫の数は減少していくと予想されています。

自転車通学の筆者にとっては、空中を漂う障害物が減ることになりますが、

なんだか胸がきゅんとしました。

みなさんは、いかがですか?


追記 11月29日

森林総合研究所に行ってきました。樹木園は一般の人が散策できる遊歩道も整備されていて、四季の散歩にいいコースです。


  • 雪景色の樹木園(撮影日:2006年11月26日)


冬の始まりにはたくさんの雪虫が見られるという樹木園ですが、
時すでに遅し。
すでに筆者が訪れた時は、雪が積もっていて、冬の光景が広がっていました。銀世界に眠るはずの雪虫の卵に、お休みを言って樹木園を後にしたのでした。

【アクセス】

地下鉄南北線 澄川駅下車 
中央バス 西岡3条9丁目下車

【参考文献】

  1. 北海道新聞社 さっぽろ文庫52「札幌昆虫記」札幌市教育委員会
  2. 多摩動物公園昆虫愛好会編集 インセクタリゥム 1987年Vol.24 


【ご協力】
執筆に当たり、北海道大学農学部 秋元信一助教授にご協力いただきました。


(文・図 宮本朋美)


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*1:単為生殖と分裂・出芽などの無性生殖との違いは、単為生殖をする動物は生殖器官として有性生殖(オスとメスが必要な生殖)に使われるものを持っていることです。生殖器官をもちながらも、オスの精子がないまま子をつくることを単為生殖といいます。

*2:親の虫からは卵ではなく幼虫がうまれます。

*3:綿は、飛ぶ時期だけではなくて地中生活をしているときからずっとついています。この綿、地中にいる間は、水分や土が体につくのを防ぐ役割を持っており、飛ぶときにもパラシュートのような働きをするのではないかと考えられています。

*4:なぜいきなり羽をもつ虫が生まれるのかはわかっていません。まだ雪虫にはなぞの部分が多いようですね。

*5:トドノネオオワタムシは2本1対の性染色体を持っています。雪虫がヤチダモにやってきてオスが生まれるとき、オスになる未受精卵では1本の性染色体がなくなってしまいます。しかしなぜなくなるかの仕組みはまだよくわかっていません。

*6:同じ親から生まれたオスとメスでは成長のスピードが異なり、オスのほうが先に行動するようになります。この仕組みで近親交配を防いでいるとも考えられています。

*7:単為生殖ではメスと全く同じ遺伝子の子が生まれます。

*8:トドノネオオワタムシは若いトドマツの木を好むようです。植林が行われなくなり、若い木が減ると、トドノネオオワタムシも減っていくと考えられています。

 カムバックサーモン!ことはじめ〜偕楽園緑地〜


JR札幌駅北口を出て、そのまま北七条通りを西に向かって5,6分歩いていくと、行き止まりのような少し変則的な交差点に出ます。そのまま左側から回り込むように歩いていくと、右手に深く掘り込んだような形の公園があります。この公園が「偕楽園緑地」です。公園の裏側には、「清華亭」と呼ばれる古い洋風建築物が見えます。この建物は、1880年(明治13)に明治天皇北海道行幸の休憩所として建設されました。*1

偕楽園緑地:2006/10/24)



偕楽園のはじまり】

  偕楽園は、1871年(明治4)に全国に先駆けて、日本最初の都市公園として整備されました。偕楽園という名前は、孟子の「民と偕(とも)に楽しむ」の一文からとって名づけられたと言われています。
  当時は北七条西7丁目を中心に、今の北海道大学の一部を含む広い公園でした。このあたりには湧泉があり、それを源流とするサクシュコトニ川が流れ、大小のきれいな池を作っていました。その川は、そのまま今の北海道大学構内を流れて、昭和初期までサケが遡上していたという記録が残っています。開拓使末期の1882年(明治15)には、敷地面積40万坪に達する広大な公園となり、栽培試験場、博物場、工業試験場、競馬場とともに、サケ・マスふ化場がありました。ここは、開拓途中である北海道農畜産業の進歩に、大きな影響を与える場所となりました。


偕楽園でのさけふ化事業】

 初めて人工ふ化が試行されたのは、1877年(明治10)でした。当時石狩でサケ缶詰の技術指導をしていた外国人技師トリート氏が、石狩でサケを採取して、卵を偕楽園に運びました。しかし、全ての卵が凍死してしまい、最初の試みは失敗に終わりました。
  翌年(1878年)には、ふ化場が二棟造られ、養魚池も作られました。この年は、豊平川で雌雄合わせて159匹のサケを捕獲し、60,000粒の卵を採取して発眼卵29,000粒を東京の試験場に、残りは偕楽園でふ化しました。翌年(1879年)には、稚魚94尾に白金線や銅線の標識を付けて、豊平川に放流しています。
  この年には、ふ化場の増設や養魚池、川の整備を行い、ふ化器も最新式のものを導入しています。ふ化器を6段に重ねて、水車の動力で持ち上げた水を降り注ぐというシステムでした。

(当時のふ化場:札幌市豊平川サケ科学館パネルより)


偕楽園でのふ化事業が失敗したわけ】

 ところが、偕楽園のサケふ化場は、4年で閉鎖に追い込まれることとなりました。なぜでしょうか。それは、技術の未熟さと当時のサケの捕獲量にあります。
  たとえ最新設備でも、死んだ卵を一緒に入れておくと水生菌(水カビ)が発生して、健康な卵にも感染してしまいます。しかし当時は、うまくふ化しない原因の多くが細菌であるという認識がなく、小さな虫の侵入だと思われていました。そこで、虫の侵入を防ぐための鉄網で対処しようとしていました。もちろん、網などで細菌を防ぐことは出来ません。また、ネズミに卵を食い荒らされる被害もあったようです。しかもふ化率は、高くても20〜30%だったと言われています。
  そして、もう一つの原因として、サケのふ化事業そのものを理解してもらえなかったことではないかと考えられています。最初にふ化事業を提案したトリート氏は、「ふ化事業は国の利益になります。遡上が確認されている川のサケが増えるだけではなく、全くいなかった川にも上るようになるのです。」と、当時の開拓使長官である黒田清隆氏にふ化事業の必要性を訴えています。しかし、当時の石狩川河口では、サケが溢れており、一網で5000匹、一シーズンで180万匹が捕獲されていました。人々は自然に遡上してくる大量のサケで、十分恩恵を受けていたのです。
このような状況では、ふ化事業は理解されなかったようです。本格的なさけふ化事業の再開は、11年後の1888年(明治21)の千歳中央ふ化場の建設からスタートしました。


【現在のサケふ化事業】

 では、現在のさけふ化事業は、どのようなものなのでしょうか。今回筆者は、真駒内公園内にある豊平川さけ科学館に行ってみました。
  ここには、シロザケをはじめ約20種類のサケ科魚類がいます。シロザケについてはふ化放流事業を、他のサケ科魚類については継続飼育を目的としています。豊平川と同じ石狩川水系千歳川のシロザケを捕獲場で捕獲後に科学館の水槽で約1週間畜養して、採卵時期を待ちます。捕獲直後は、外から触ってもがちがちに硬い卵巣が柔らかくなってきます。そこで、採卵し、受精させてから1時間から8時間かけてゆっくりと吸水させます。*2卵の皮が少し硬くなるのを待ってから、ふ化槽に収容します。このふ化槽は地下水(8〜10℃)を上から下まで流しっぱなしにしています。途中、死んでしまった卵を一つ一つ取り除きながら*3、約50日間待つと、かわいい仔魚*4の誕生です。
一つの引き出しには約1万粒の受精卵が入ります。10段ありますから、一台のふ化槽で約10万粒の受精卵をふ化させることが出来るのです。この方法で約8割の受精卵からサケの仔魚がふ化をします。
      
(ふ化槽(左)と引き出しの中の卵(右):2006/11/07)


訪問日には、展示されている卵の誕生予定日でしたが、卵の中で動いているのは見えるものの、残念ながらまだふ化していませんでした。たぶん、今は元気に泳ぎ回っていることでしょう。


(発眼卵の様子(左) サケの稚魚(右):2006/11/07)   


【「カムバック・サーモン事業」を考える】

 ふ化事業を進めなくてもたくさんのサケが遡上していた時代が過ぎ、環境汚染等が広がるとともに、川にサケが戻ってこなくなりました。そこで、「川をきれいにして、サケの戻ってくる川を取り戻そう」と1970年代後半から「カムバック・サーモン運動」を札幌の市民団体がはじめました。
  今ではその活動は全国に広がっています。中には、偕楽園開設当初にトリート氏が主張したように「サケの居なかった川にもサケを遡上させたい」という思いも出てきました。しかし、元来そこに生息していない生物を放流するということは、生態系を人間が変えてしまうことに成りかねません。
  そのためシロザケに関しては、サケの捕獲場所や放流場所がきちんと制限されています。さけ科学館では、千歳川で捕獲・ふ化したサケの稚魚を、春には同じ石狩川水系豊平川で放流しています。

   
(サケの稚魚の放流の様子:札幌市豊平川さけ科学館提供)


【面影はなくても・・・】

 偕楽園は、ほとんどの敷地が住宅や商業ビルにとって変わってしまい、今では小さな公園となっています。開拓当時ここにサケふ化場があったことも、清華亭のパネルに一文が記載されているだけです。しかし、公園そのものは周りに比べて非常に低い土地であり、池や湧泉の跡を思わせ、道路にも川の流れを感じさせる緩やかさをあちこちに見つけることができます。

(現在の偕楽園の様子 2006/10/24)


(文、写真: かみむらあきこ)

  • 【アクセス】 JR札幌駅北口から西へ 徒歩10分
  • 【住所】   札幌市北区北6,7条西7丁目
  • 【参考資料】   

 -開拓使事業報告 第三編II           大蔵省編
 -さっぽろ文庫 64          北海道新聞社編
 -札幌の歴史 第8号       札幌市教育委員会文化資料室編
 -北区エピソード史料館 No.05,06    北区発行資料
 -続 北区エピソード史料館 No.22    北区発行資料
 -新 北区エピソード史料館 No.04,05   北区発行資料

  • 【取材協力】

 -札幌市豊平川さけ科学館

  • 【サケに関する記事】

 さっぽろサイエンス観光マップでは、サケに関する記事が他にもあります。
 
-海からのおくりもの カムイチェプ d:id:costep_webteam:20060127
-サケへの新たな挑戦       d:id:costep_webteam:20060210
-豊平川の鮭            d:id:costep_webteam:20060214
 
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*1:宿泊所として建設されたのが、豊平館でした。「明治の薫りが漂う空間〜豊平館」参照

*2:卵膜は1時間以上吸水すると、幾分硬くなり少しの衝撃に強くなりますが、9時間以降は発生が始まり、また衝撃に弱くなるため、その間にふ化槽に収容します。

*3:死卵を取り出すことを「検卵」と言います。

*4:生まれたばかりで、お腹に卵黄のうを付けた状態を正確には「仔魚」といいます。卵黄のうが全て吸収されて、泳ぎ始めた(浮上)状態を「稚魚」といいます。

 ドングリころころ、「こんにちは」と言ったのは・・・ 〜月寒公園〜





地下鉄美園駅から環状通をとおって羊ヶ丘通に出ると、左手に木立に囲まれた小高い丘が見えてきます。この丘一帯が月寒公園です。自然林を含む起伏に富んだスペースに野球場、テニスコートパークゴルフ場を備え、冬は子供たちがスキーやそり遊びを楽しみます。


緩い坂をのぼると、周囲を背の高い落葉樹に囲まれた駐車場に着きます。足元に目を向けると、落ち葉に混じってドングリが落ちているのに気がつきます。


  • 左:月寒公園の丘から見える風景 / 右:紅葉した自然林 (撮影2006/10/15)


【 ドングリとは? 】
ドングリとはブナ科のコナラ属、シイ属、マテバシイ属の種子を総称したものです。まるく堅い殻に包まれ、「帽子」*1をかぶったような姿がユーモラス。リスや野ネズミなどの越冬用の食料になるとともに、子供の遠足のお土産としても人気です。


  • コナラの木とドングリ (撮影2006/10/15)

ところで、ドングリに小さな穴があいているのを見たことはありませんか?
拾ってきたドングリを部屋に置いておいたらいつの間にか小さな芋虫が!と驚いたことはありませんか?
この芋虫は「ドングリ虫」と呼ばれます。ドングリにあいている穴はドングリ虫が出てきた跡です。夜、周囲が寝静まった時間帯には、ドングリの中から彼らが活動するプチプチという小さな音が聞こえてきます。


【 こんにちは、ドングリ虫 】
ドングリ虫の正体は、ゾウムシの仲間の幼虫です。月寒公園で見つけたドングリに入っていたのは「コナラシギゾウムシ」の幼虫でした(コナラシギゾウムシの画像はこちら。ページの下までスクロールしてご覧下さい)。体長は5mm〜10mm程度。象牙色のからだにオレンジ色の口がついています。
コナラシギゾウムシは、夏の終りころにドングリの殻の上から産卵管を差しこみ、卵を産みつけます。幼虫はドングリの子葉*2を食べて育ち、やがて自分の体がとおるだけの大きさの穴をあけて外へ出てきます。1個のドングリには幼虫が何匹も入っているので、穴も1つだけではなく、2つ、3つと開いていることがあります。穴のあいたドングリを割ってみると、茶色い粉のようなものがぱらぱらと出てきます。これは、コナラシギゾウムシの幼虫のふんです。外へ出た幼虫は、地中にもぐってサナギとなり、翌年の夏に成虫となります*3


  • 左:ドングリ虫 まわりに見える粉が「ふん」 / 右:ドングリの断面

 (撮影2006/10/29)


【 人間とドングリ 】
ドングリはゾウムシや小動物たちだけのものではありません。人類もドングリと深い関わりをもってきました。全国各地での遺跡の調査から、縄文人がクリ、クルミ、ドングリを食べていたことがわかっています。札幌駅構内の遺跡からも、これらの木の実が1kg以上出土しています。


ドングリにはタンニンという成分が多く含まれます。タンニンは古来より皮をなめすために使われてきましたが、渋み・えぐみの素でもあります。また、ドングリを餌にして飼育したアカネズミはタンニンの影響で体内のタンパク質が失われ、体重を減らすことが知られています。*4だから、ドングリはしっかりアク抜きをしなければ食べられないのです。


縄文人は、ドングリを粉にして何度も水にさらしたり、土器に入れて加熱し、水につけるということを繰り返してアクを抜いていたようです。きっと過酷な環境のなかで生き抜くために、ドングリを食料とする知恵を身につけたのでしょう。また第二次世界大戦中は、未利用資源としてドングリの食料化をすすめようとした、という記録が残っています。そして今でも九州や東北には、ドングリの粉で団子をつくる伝統がのこる地域があるそうです。かすかなえぐみが感じられるというその味は、私たち人類の記憶に刷り込まれた懐かしいものなのかもしれません。 


さて、私は拾ってきたドングリから出てきた幼虫を、土を入れたジャムの空きびんに移しました。幼虫たちは土中にもぐって、サナギになる準備をしています。来年の夏にどんな姿で出てくるのか、再会を楽しみにしています。


  • びんに入ったドングリ虫 (撮影2006/10/29)


(文・写真 原林 滋子)

アクセス
月寒公園 豊平区美園10〜12条7〜8丁目、月寒西2〜3条4丁目
地下鉄東豊線美園駅」下車,徒歩10分
地下鉄南北線「平岸駅」又は東西線白石駅」から中央バス白石平岸線[白30]乗車,「美園11条7丁目」下車,徒歩5分  など

参考文献・リンク

  1. わたしの研究 どんぐりの穴のひみつ  高柳芳恵 偕成社
  2. どんぐり見聞録  いわさゆうこ 山と渓谷社
  3. 札幌市埋蔵文化財センター 展示解説パンフレット
  4. 農林水産省 農林水産研究Web Server平成14年度研究成果選集より「野ネズミにとってドングリは本当に良い餌か?」

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*1:殻斗(かくと)という。

*2:ドングリや豆科の植物は、子葉(双葉)に栄養分を蓄えている。ドングリも枝豆やピーナッツも、可食部分は子葉で、端のところに幼芽と幼根がある。このため、発芽の際にいわゆる双葉は見られず、地上にいきなり本葉が現れる。子葉は地下で栄養分を供給し続ける。

*3:中には翌年でなく、2年後、3年後に羽化するものもいる。

*4:タンニンは消化酵素や消化管上皮などのタンパク質と結びついて体外へ排出する作用を持つ。しかし、アカネズミは消化管中に、タンナーゼ(タンニンとタンパク質の結合を分解する酵素)をつくる菌をもっているため、ドングリを餌にすることができる。

 浜の真砂はいくつある?〜石狩浜海水浴場(あそびーち石狩)〜




石狩浜海水浴場(あそびーち石狩)は石狩市にある、海岸線延長800mほどの海水浴場です。
(筆者撮影)


 札幌駅から車で40分程度に位置し、単独の海水浴場としては北海道内で一番多くの海水浴客を集めています。今夏には45万人が訪れています。日本海に沈む夕日も美しく、海水浴シーズン以外にもテントを張ってキャンプする人も少なくありません。すぐそばに温泉もあるので、海水浴で冷えた体を温めてから帰ることもできます。


 「砂浜の砂」は「星の数」と同様、たくさんあるものの比喩としてよく使われます。地球上に砂粒が何粒あるかを筆者は知りませんが、少なくとも宇宙を構成する原子の数より少ないことは確かです。宇宙を構成する原子数は10の80乗(1の後ろに0が80個並びます)個くらいと非常に大きな数ですが、無限には多くありません(本マップの「いごよろしく」参照)。この「無限」という概念は非日常的なので、色々と面白い性質があるのですが、今回はそれには触れず、無限に関係して「最大の整数は存在しない」・・・(1)という命題を証明してみましょう。


 (1)の命題は当たり前だと直感で思われる方も多いと思います。その直感は正しいのですが、証明してください、と言われるとどうでしょうか?実は意外に簡単に証明できるのです。


証明)最大の整数Mが存在すると仮定する。
   Mの次の数をNとすると、NはMより大きい整数である。
   よって、常にMより大きな整数が存在するので、最大の整数Mが存在するという仮定は誤りであり、最大の整数は存在しない。(証明終)


 これは、与えられた命題の逆を仮定し、その仮定を検証していくうちに矛盾が出てくれば最初の仮定がそもそも誤りである、という「背理法」という考え方を利用した証明です。(1)の場合、最大の整数は存在しないことを証明したいので、最大の整数があったらどうなるかを考えます。この場合は最大の整数をMと仮定したのに、Mより大きなNという整数が常に存在することになるので、そもそも「最大の整数Mが存在する」と仮定したことが誤りということになります。


 ではこの方法を応用して「最大の素数は存在しない」・・・(2)という命題の証明をしてみてください。素数とは、1とその数自身でしか割り切れない自然数(正の整数)のことです。小さい方から2、3、5、7、11、・・・と続きます。背理法を利用すると簡潔な証明ができます。


証明)最大の素数をMとし、Mまでの素数はすべて既知とする。
Mまでの素数をすべて掛け合わせ、1を加えた数をNとする。つまりN=(2×3×5×・・・×M)+1である。
Nは既知の素数で明らかに割り切れない(1余る)。
よってMより大きい素数が、Nとして、またはMとNの間に存在するので最大の素数は存在しない。(証明終)


 これはどんなに大きな素数があっても、さらに大きな素数を作ることができてしまう、ということを数式で表したものです。もう少し補足しますと、「Nが既知の素数で割り切れない」ということは「Nが既知の素数の倍数ではない」ということを意味しています。この場合、次の二つの場合が考えられます。一つ目は、N自身がMより大きな素数である場合です。二つ目は、NがMとNの間にある素数(仮にP、Qとします)の積である場合で、この場合はPやQがMより大きな素数になります。いずれの場合も、Mが最大の素数であると仮定してもMより大きな素数が存在することになるので、「Mが最大の素数である」という仮定が誤りだということになります。


 一般に「・・・が存在しないことを証明せよ。」という命題は、「・・・が存在することを証明せよ。」という命題に比べて証明が難しいことが多いものです。というのも「・・・が存在すること」を証明するには、存在する例を1つ示せば証明できますが、「・・・が存在しないこと」を証明するには、すべての場合に命題が成り立たないことを示さなければいけないからです。そのような時に、命題が成り立つと仮定すると矛盾が出てくることを導き出し、最初に導入した仮定が間違いである、という背理法を常套手段として利用します。


 砂浜の砂は有限でも、非常に数が多いものです。筆者がそれを実感するのは、砂浜で遊んだり散歩したりした後に、靴や足についた砂を洗い流したと思ってもどこかに必ず残っている時です。北海道は海水浴可能期間が非常に短いですが、それでも砂浜で遊ぶのは楽しいですし、素足で砂浜を歩くのも気持ち良いものですよね。読者が砂浜に行った時に本記事を思い出していただけたら大変幸せですが、彼女や彼氏といる時に、無限だの有限だのという話題を持ち出してせっかくの雰囲気がまずくなっても当方には一切の責任はありませんので悪しからず。
(文、写真:ひるあんどーん)

問合せ先
石狩海水浴組合事務局
石狩市親船町107番地 社団法人石狩観光協会
TEL (0133)62-4611


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 芸術に息吹く科学 〜札幌芸術の森〜




地下鉄南北線真駒内駅からバスに揺られて15分。坂の上に、立派な門が現れます。この門のなかに広がる札幌芸術の森には、野外美術館・美術館・工芸館・コンサートホールなど、芸術に触れ合える様々な施設があります。その中でも野外美術館は、7.5ヘクタールの広大な敷地に、74点の作品が展示されている広大な施設です。屋内の美術館と違い、走ったり、歓声をあげたり、見上げたり中に入ってみたりと、様々な楽しみ方ができます。作品の解説をしてくれるボランティアガイドさんもいて、詳しい解説を聞きながらの散策もできます。


  • 展示解説をするボランティアガイドさん(緑のパーカー)

(撮影:宮本朋美)

今回は、この野外美術館で芸術とサイエンスの意外にも親密な関係について探ってみましょう。


まず展示作品の中に、野外にあるにもかかわらず、ピカピカと光沢を放つ作品がたくさんあることに気づきます。ご存じのとおり、金属を水にぬらしたり長い時間放置したりすると錆が付いてしまいます*1。しかしここにある作品は、まったく錆がなく傷も見当たりません。


  • ステンレスを用いた作品 (左上:「方円の啓示」/小田襄、右上:「位相」/多田美波、左下:「1・9・8・5知性沈下」/湯原和夫)

(撮影:石村源生)

秘密は材料にありました。
これらの作品は、材料にステンレスを使っていました。
ステンレスは、「stain(錆)less(ない)」という名前の通り錆がつかない金属です。ステンレスは鉄にクロムをまぜた合金で、常に水に濡れる台所用品などに使われています。

なぜ、鉄にクロムをまぜると、錆がつかないのでしょうか。実は、クロムは大変酸化しやすい金属で、空気中の酸素ともすぐに酸化反応を起こします。このような酸化還元反応のしやすさのことをイオン化傾向といい、クロムはこのイオン化傾向が強い物質です。酸化したクロムは、金属表面を覆う膜(不動態*2皮膜)をつくります。ステンレスでも、クロムがこの膜をつくり、ステンレス中の鉄と酸素や水分が反応し、錆(酸化鉄)ができることを防ぐことができます。


このほかに、さびにくい純金属としては金やプラチナなどが挙げられ、野外美術館には金箔を使った作品も展示されています。


さて、次に5分ごとに姿を変える不思議な作品に注目しました。*3


  • 5分毎に赤矢印部が90度回転して姿を変える「1:1:√2」(作/田中薫)

 (撮影 石村源生)
 
この作品のテーマは「1:1:√2」。これは、直角二等辺三角形の辺の長さの比です。
直角三角形の辺には、以下のような法則が成り立っていて、これを三平方の定理といいます。


この作品の柱の幅と奥行きの比は1:√2になっており、これを45度の角度で切ると断面が正方形になります。


  • 1:√2の立体の45°切断面


この作品は、回転部を90度回転させることで形を変化させます。
切断面が正方形なので、90度回転させても辺の長さがぴたりと一致します。

三平方の定理を発見したのは、有名な古代ギリシアの数学者であるピタゴラスでした。なんとピタゴラスは現在使われている音階の元になったピタゴラス音階を開発していたともいわれており、音楽と数学にも密接な関係があることがうかがえます。

野外美術館は森の中を歩くハイキングコースにもなっていて、コースを全て歩くと体がほかほかとあたたまり、今時期ですと自然の生み出す「紅葉」という芸術も楽しめます。(紅葉の仕組みはこちらをご覧ください。)
色づいた木々と人の作り出した作品の、静かで力強い鼓動が野外美術館には溢れていました。

【アクセス】

札幌市営地下鉄南北線 真駒内駅下車 2番バス乗り場よりバスに乗車しておよそ15分

【参考文献】

  1. ウィキペディア
  2. ステンレス協会
  3. 札幌芸術の森 情報誌「ルア」
  4. 札幌芸術の森 野外美術館パンフレット

(文・図 宮本朋美)

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*1:このように金属が外部の刺激を受けて性能が落ちることを腐食といい、腐食した金属に生成されるものの代表が錆です

*2:表面に膜ができて、内部を腐食させない状態のことを不動態といいます。不動態になりやすい金属には、クロムのほかにアルミニウム、ニッケル、コバルトなどがあります。鉄も純度がとても高いものは不動態をつくります。

*3:変化の様子はこちらをご覧ください。

 延びても大丈夫 ロングレールと伸縮継目 〜JR琴似駅〜




JR琴似駅ホームで電車を待っていると、電車が静かにホームへ入ってきます。琴似駅構内のレールには隙間の空いている継目がないので「ガタンゴトン」と音がしません。このレールは通常のレールより長く、「ロングレール」と呼ばれています。ホームの端から端まで歩いて線路を見ても、継目が見あたりません。それでは次にホームの札幌側の端に立って、小樽方面行き線路の数メートル先をよく見てください。変わった形をしたレールの継目が見えます。これはロングレールの端に設置される「伸縮継目」です。鉄は暖まると伸び、冷えると縮みます。その伸び縮みによりレールがゆがまないようにするための仕組みです。今回はロングレールと伸縮継目について紹介します。


   

  • 写真:琴似駅の札幌側の伸縮継目を望む。       伸縮継目のアップ。


【旧来のレール】
まずは旧来のレールについて紹介しましょう。これは札幌駅構内でも見ることができます。一本のレールの長さは通常25mです。決まった長さのレールなので「定尺レール」と呼ばれます。それらを「継目板」とボルトで接続しています。一般的に継目には1cm程度の隙間が空いています。これは、鉄などの物質は暖まると膨張し、冷えると収縮する性質を考慮したものです。


  • 写真:旧来レールの隙間がある継目。


この隙間があることで、夏にレールが暖まって延びても、隣のレールとぶつかり合うことがなく、レールがゆがみません。しかし、猛暑などにより想定以上に暑くなると、この隙間では解消できないほどにレールが延びてしまい、レールがゆがんで、電車の運行に支障をきたすこともあります。一方冬には、冷えることによってレールが縮むので、隙間は大きくなります。その隙間を電車の車輪が通過することによって「ガタンゴトン」と音がします。振動も大きく、電車の乗り心地は悪くなります。そのため旧来レールの欠点を克服した「ロングレール」が普及してきたのです。


【 ロングレール】
琴似駅札幌側の伸縮継目から手稲駅札幌側の伸縮継目までの約6.4kmはなんと1本の長いレールです*1。ロングレールを使用することにより、騒音が小さくなり、振動が小さくなることで乗り心地も良くなります。
床面と枕木で固定されている長いレールは、中央部分がしっかり押さえ込まれているので、あまり動かない不動区間があることが研究によりわかってきました。温度変化により伸縮する可動区間は両端それぞれの100m程度です。そこで、何本ものレールを溶接でつなぎ合わせ、不動区間が存在する長さ200m以上のレールを「ロングレール」と呼びます。
温度変化による両端それぞれの伸縮量は5cm程度にものぼります。そのため旧来の隙間がある継目では対応できません。そこで両端に「伸縮継目」という特殊な継目を設置する必要があります。


【 伸縮継目】
伸縮継目は、特殊な形状をした「トングレール」と「受けレール」が組み合わされています*2。トングレールは先端が細くなっていて、受けレールはその外側にあります。トングレールと受けレールは伸び縮みしても接しながらずれるだけなので*3、継目には隙間が空きません。そのため車輪は滑らかに通過することができます。



  • 図:伸縮継目の模式図


JR北海道で最も長いロングレール区間は、長さ53kmの青函トンネル内にあります。温度変化が小さいトンネル内なので、とても長いロングレールが実現できました。

札幌近郊もロングレールがだんだんに普及してきました。


札幌駅から銭函駅までのロングレール区間と伸縮継目の位置*4


線路がロングレール化されることにより、電車の速度は向上し、騒音は小さくなり、乗り心地が良くなります。みなさんも電車に乗った時に、車輪とレールとの音に注意を払ってみてください。「ガタンゴトン」と音がしない区間がわかるでしょう。
でも私は、あの「ガタンゴトン」という音に懐かしさを感じるので、それが聞かれなくなるのは少し寂しい気がします。これからの子どもが「電車ごっこ」をするときには、どんな音を唱えて遊ぶのでしょうか?

JR琴似駅

  • 【アクセス】:JR札幌駅から電車で5分


【参考資料】

  1. 徹底図解鉄道のしくみ、新星出版編集部、新星出版社
  2. 鉄道用語事典、久保田博、グランプリ出版
  3. 鉄道工学ハンドブック、久保田博、グランプリ出版


(文・写真・図 大鐘卓哉)


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*1:ロングレール区間でも、信号のところでは継目板とボルトでレール同士をつないでいる。これは信号用の電気が流れないように絶縁物質をはさんで隙間なくつなぐ「絶縁継目」である

*2:一般にトングレールのとがった方が電車の進行方向に対応するが、必ずしもそうではない。電車が双方向で走る単線区間にもロングレールと伸縮継目が設置されている。

*3:ロングレールの端が受けレールの場合、トングレールに沿って受けレールが伸び縮みする。一方、ロングレールの端がトングレールの場合、トングレールが伸び縮みすると受けレールが広がったり狭まったりする。

*4:線路の切替ポイントはロングレール化できないので、ポイントの前後に伸縮継目が設置されているようだ。

 この道の彼方に : 札幌の舗装道路のはじまり 〜北三条通り〜



北海道庁赤レンガ庁舎の正門前から東に延びる北三条通りは、大正13年に札幌ではじめて道路の舗装が行われた場所です。



現在広く使われているアスファルト舗装とは異なり、当時の舗装はブナの木のブロックにコールタールとクレオソートと呼ばれる液体を染み込ませ、道路に敷き詰めたものでした*1。ブナの木のブロックは、今は道路の下に埋もれていますが、掘り出されたものが北三条通りの歩道にある、「札幌舗装道路発祥の地」の碑の中に埋め込まれています*2


  • 左:「札幌舗装道路発祥の地」の碑 右:碑の上に置かれたブナの木のブロック


また、北三条通りの起点となる旧北海道庁の正門のすぐ前には、北海道と札幌市の道路元標(道路の起点と終点を示す碑)が置かれています。北三条通りは北海道の道路がはじまる場所でもあります。


  • 札幌市(北海道)道路元標


ブナのブロックに使われたコールタールと現在の道路舗装に使われているアスファルトの間にはちょっとした共通点があります。それは、どちらの材料も化石燃料を精製する過程で生まれる副産物であることです。


コールタールは石炭からコークスを作る過程で生まれます。コークスは、石炭を空気のない状態で1200℃程度の高温で蒸し焼きにし、石炭の主成分の炭素とその他の揮発性成分(アンモニアや硫黄や炭化水素*3等)を分離し(乾留)、製造します。揮発性成分のうち、沢山の種類の炭化水素類が含まれる、黒い粘りのある液体がコールタールと呼ばれています。

コールタールを約200〜400℃で加熱すると、さらに油状の液体を分離することができます。これがクレオソートで、コールタールとともに木材の腐食を防ぐ性質を持っています。


一方、アスファルトは石油(原油)を精製する過程で生まれます*4原油の中にもコールタールと同じように沢山の炭化水素類(油分や天然ガス)が含まれています。ガソリンや灯油、軽油重油等の石油製品は、それぞれ揮発する温度が異なるため、温度を変えて加熱すると分離(分留)できます。
このとき、最後まで揮発することなく残ったものがアスファルトです*5原油の産地により割合は異なりますが、原油の重さの2〜3割程度がアスファルトとして得られます。

加熱温度 30℃〜180℃ 170℃〜250℃ 240℃〜350℃ 350℃以上
石油製品 ガソリン、ナフサ ジェット燃料、灯油 軽油 重油アスファルト


高速道路の舗装などでコンクリートが使われることもありますが、道路の大半は、アスファルトで舗装されています。
コンクリートをしっかりと固めるためには、コンクリートの周りに覆いをかぶせ、水分や温度を一定に保つ、「養生」と呼ばれる工程が必要です。養生は数日から数週間にわたっておこなう必要があり、この間は車が道路を通ることができず、工期が長くなる欠点があります。


一方、アスファルト*6は、加熱すると柔らかくなり、薄く平らに延ばしたあと普通の温度に冷やせば、すぐに固まります。コンクリートと異なり、養生の期間が不要で、短期間により長い距離を舗装できるのが長所です。


北海道では、冬季に地面の凍結により道路が盛り上がって壊れたり、15年ほど前まではスパイクタイヤにより道路が削られるなど、他の地方に比べて道路が痛みやすいという寒冷地特有の問題がありました。痛んだ路面を補修したり、下水道など道路の下に埋められた配管を掘り返し、再び埋め戻すなど、すでに敷かれた道路の保守整備もやりやすいことがコンクリート舗装と比べ広く使われている理由です。


現在、札幌市内の車道の総延長は、約5500kmに及び、その舗装率は都市部ではほぼ100%だそうです。車道の他、歩道や駐車場などの舗装も進んでいます。アスファルト原油から生まれたものであること、そして現在アスファルト舗装されている地面の広さのことを想うと、私達がこれまで消費した原油の量がどれほど莫大なものだったのかと、ふと思いました。


北三条通りの両端には、北原白秋が作詞した、「この道」の歌詞が書かれたパネルがあります。この歌詞には、札幌の道を連想させる、アカシヤの花や時計台の姿が織り込まれています(先日,北大のポプラ並木の倒木から作られたチェンバロの演奏会でこの曲が演奏されました。そのお話はこちらで)。朝晩の冷え込みで黄色く色づき始めたイチョウ並木の下を鼻声でハミングしながら、普段は何気なく通り過ぎるこの道のはじまりと、その向かう先にしばし想いをめぐらしていました。



(文・写真:佐藤登志男)

【アクセス】


【参考文献】

  1. 石油と石炭の化学 共立出版 (1972)
  2. 土木材料III <アスファルト> 大学講座土木工学8 共立出版(1974)
  3. 石油化学プロセス 石油学会編 講談社サイエンティフィク(2001)
  4. 北海道道路誌 北海道庁(1925)
  5. 北海道舗装史 北海道土木技術会舗装研究委員会(1986)
  6. 北海道道路史 II 技術編 北海道道路史調査会(1990)


【参考リンク】

  • 札幌市建設局土木部

http://www.city.sapporo.jp/kensetsu/stn/pr/pb/index.html

  • 北海道立文書館

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/mnj/

http://www2.ceri.go.jp/jpn/iji/index.htm


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*1:ブナの木のブロックは長さ15cm, 幅9cm, 厚さ8.5cmで、延長117m, 幅14.5mの道路に約12万4000個が敷き詰められました。現在の北三条通りの舗装は、レンガ色のタイル舗装で、ところどころがアスファルトで補修されています

*2:北海道庁内の北海道立文書館の展示スペースではより状態のよいものが見られます

*3:炭素と水素の化合物の一般的な呼び名で、コールタールには、ナフタレンやフェノールなどが含まれています

*4:北海道にも油田があったんですよ。詳しくはこちら: http://d.hatena.ne.jp/costep_webteam/20060419

*5:天然の状態で石油の揮発しやすい成分が蒸発し、固まった「天然アスファルト」も存在します

*6:舗装に使われるのは、アスファルトに砂や砂利、石粉などを混ぜた物で、アスファルトの含まれる割合は10%ほどです