ふわふわ雪虫 ぽわぽわ命の旅 〜森林総合研究所 北海道支所〜


おなかに白い綿のようなものをふわふわとつけた小さい虫を、北海道では雪虫と呼びます。この虫が辺りを飛び始めてから1〜2週間で初雪が降る、など、雪の降る時期を占う風物詩となっています。


今回は雪虫の正体にせまってみることにしました。
調べていくうちに、雪虫には様々な種類がいることがわかりました。
雪虫の中でも代表的な虫として、トドノネオオワタムシのことをご紹介しますが、札幌市中心部で見られる雪虫トドノネオオワタムシではなくケヤキフシアブラムシという別の種類の雪虫であることが取材中に判明しました。

そこで、雪虫を研究されている北海道大学農学研究科の秋元先生に、トドノネオオワタムシ観察スポットを伺ったところ、森林総合研究所 北海道支所のことを教えていただきました。
実はこの場所には、筆者はまだ行ったことがありませんが、近日中に様子をご紹介できる予定です。


今回はまず雪虫の不思議な生態についてご紹介します。


雪虫の正体】

雪虫と呼ばれる虫は、実は何種類かいます。

中でも有名なのはトドノネオオワタムシという虫です。

トドノネオオワタムシはその名の通り、夏の間(6〜10月)はトドマツの木の根に寄生します。

この期間のトドノネオオワタムシは、トドマツの木の汁を吸いながらの生活をおくります。
気温が下がる10〜11月頃に、彼らはトドマツから離れてヤチダモという別の木に移り住みます。

私たちが雪虫に出会い、初雪の時期を占っているのは、この移住の時です。


【単為生殖と有性生殖

トドマツの木にいる間、トドノネオオワタムシは「単為生殖」を行います。

単為生殖とは、子を作る時にオスが必要とされない生殖のことです。*1

トドノネオオワタムシは、夏の間この単為生殖でどんどん子*2をつくります。
単為生殖で生まれてくる子は全てメスで、うまれてきたメスも数回の脱皮の後単為生殖をはじめ、メスを生みます。


単為生殖には、オスとの交尾を必要としないというメリットがあります。夏の間単為生殖を繰り返すトドノネオオワタムシは、この期間のうちに数を何倍にも増やすことができます。
この時期のトドノネオオワタムシにもほわほわの綿*3がついています。
しかし羽を持っておらず、ずっと地中で生活しています。


季節がかわり、冬に近づくと、羽を持つ虫が生まれてきます。*4

羽を持つ虫は、地上からか弱い力で飛び立ち、今度はヤチダモという木をめざします。
このときの姿が、私たちが目にする「雪の降る前に飛ぶ雪虫」です。

雪虫は、ヤチダモに無事到着すると今度は、それまでのようにメスだけでなく、オスも生むようになります。*5
このメスとオスは脱皮をくりかえして成長し、十分に成長したら交尾を行います*6。ここで交尾をすることで、今までの単為生殖ではなく有性生殖が行われることになります。



有性生殖によってメスは1個の受精卵を産み、やがて死んでしまいます。
産みおとされた卵はそのまま樹皮の上で厳しい冬を越し、春に孵化します。
孵化して成長したトドノネオオワタムシは、再びトドマツに帰り、単為生殖を繰り返すようになります。



トドノネオオワタムシがわざわざ有性生殖を行う理由は、オスとメスの遺伝情報を受け継ぐ子を作ることによって、子が持つ遺伝子にバリエーションをもたせるためと考えられています。*7


【木と木の間の命の旅】

雪虫は、単為生殖をしている間はメスだけで数を増やすことができるので、一見とても効率のいい子作りをしているように見えます。

また、ヤチダモの木に集合することで、有性生殖も効率よく行われているようにみえます。

しかし、トドマツとヤチダモの木を行ったりきたりすることはあの小さな虫には決死の旅です。

おしりについたぽわぽわの綿は蝋物質で、べとべとしていて、
ひとたび人間や自転車、車のガラスについてしまえば、自力で飛び立つことすら難しい。

雪虫にとって、生命をつなげていく旅は、とても過酷なものでしょう。


【今年の雪虫

みなさん今年は雪虫を見ましたか?

今年の雪虫の数は例年に比べ大変少ないそうです。

今年の夏を思い出すと、暑くて晴れの日の多い夏でしたね。
夏の間に単為生殖を繰り返すトドノネオオワタムシにとって、夏が暑いことは都合がいいのですが、雨が少ないと木々に悪影響を及ぼします。
木の汁を吸って生きているトドノネオオワタムシにも、この影響が及んだと考えられています。


また、住処であるトドマツの植林が行われなくなったこと*8や、地球温暖化の影響で、この先雪虫の数は減少していくと予想されています。

自転車通学の筆者にとっては、空中を漂う障害物が減ることになりますが、

なんだか胸がきゅんとしました。

みなさんは、いかがですか?


追記 11月29日

森林総合研究所に行ってきました。樹木園は一般の人が散策できる遊歩道も整備されていて、四季の散歩にいいコースです。


  • 雪景色の樹木園(撮影日:2006年11月26日)


冬の始まりにはたくさんの雪虫が見られるという樹木園ですが、
時すでに遅し。
すでに筆者が訪れた時は、雪が積もっていて、冬の光景が広がっていました。銀世界に眠るはずの雪虫の卵に、お休みを言って樹木園を後にしたのでした。

【アクセス】

地下鉄南北線 澄川駅下車 
中央バス 西岡3条9丁目下車

【参考文献】

  1. 北海道新聞社 さっぽろ文庫52「札幌昆虫記」札幌市教育委員会
  2. 多摩動物公園昆虫愛好会編集 インセクタリゥム 1987年Vol.24 


【ご協力】
執筆に当たり、北海道大学農学部 秋元信一助教授にご協力いただきました。


(文・図 宮本朋美)


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*1:単為生殖と分裂・出芽などの無性生殖との違いは、単為生殖をする動物は生殖器官として有性生殖(オスとメスが必要な生殖)に使われるものを持っていることです。生殖器官をもちながらも、オスの精子がないまま子をつくることを単為生殖といいます。

*2:親の虫からは卵ではなく幼虫がうまれます。

*3:綿は、飛ぶ時期だけではなくて地中生活をしているときからずっとついています。この綿、地中にいる間は、水分や土が体につくのを防ぐ役割を持っており、飛ぶときにもパラシュートのような働きをするのではないかと考えられています。

*4:なぜいきなり羽をもつ虫が生まれるのかはわかっていません。まだ雪虫にはなぞの部分が多いようですね。

*5:トドノネオオワタムシは2本1対の性染色体を持っています。雪虫がヤチダモにやってきてオスが生まれるとき、オスになる未受精卵では1本の性染色体がなくなってしまいます。しかしなぜなくなるかの仕組みはまだよくわかっていません。

*6:同じ親から生まれたオスとメスでは成長のスピードが異なり、オスのほうが先に行動するようになります。この仕組みで近親交配を防いでいるとも考えられています。

*7:単為生殖ではメスと全く同じ遺伝子の子が生まれます。

*8:トドノネオオワタムシは若いトドマツの木を好むようです。植林が行われなくなり、若い木が減ると、トドノネオオワタムシも減っていくと考えられています。