カイギュウは地上の夢をみる 〜南区小金湯〜



 国道230号線を札幌から定山渓方向へ走り、砥山を過ぎたあたりで右手に進むと豊平川の上流に出ます。2003年、この河原で、大きな化石が見つかりました。


  • 化石が見つかった場所(ブルーシートで覆われたところ) 撮影:2003/8/13


◆札幌で初めて見つかった、ほ乳類の化石
 札幌でこのような大きな化石が見つかったのは初めてのことで、当初クジラの骨かと推測されました。現場に近い、十五島公園から小金湯にかけては(クリックすると地図を表示)、700万〜1000万年前の貝や海綿動物の化石が見られる「化石発掘スポット」です。それまで多くの専門家、市民がこの地域を調べましたが、脊椎動物の化石は見つかっていませんでした。

 専門家の調査により、それはカイギュウのろっ骨の一部とわかりました*1。カイギュウ(海牛)は水中に棲む草食性のほ乳類です。大きな体、ゆったりとした動き、性質はおとなしく、海藻(草)を食む姿から「海の牛」と名付けられました。


  • 掘り出された化石(ろっ骨の一部) 撮影:2003/8/13


◆絶滅した大型カイギュウ
 現在見られるカイギュウは人魚のモデルとされるジュゴンマナティーのみで、体長は最大でも3〜4メートルですが、かつてステラーカイギュウという大型のカイギュウが18世紀末まで生息していました。

  • カイギュウ目の分類


 ステラーカイギュウの発見者、ステラーによると、ベーリング海で発見された大型カイギュウの体長は8メートルを超え、体重は数トンもあったそうです。しかし大量の肉・脂肪を目的とした乱獲にあって1768年に絶滅し、その後大型カイギュウの生存は確認されていません。

 豊平川上流で見つかったカイギュウの骨はろっ骨、胸つい、胸骨などの一部ですが、全身が7〜8メートルと推定される大型のものでした。


  • (左)サッポロカイギュウのイメージ (右)サッポロカイギュウの骨格図と発見された部位

(提供:札幌市博物館活動センター)


◆札幌から始まった大型カイギュウの進化
 発掘現場の地層は約820万年前のものと特定されました。その結果、大型カイギュウとしては世界最古*2であることがわかり、サッポロカイギュウと命名されました。


 日本に最初に現れたカイギュウは、暖かい海から移動してきた比較的小型のもの(ジュゴン科ドゥシシーレン属*3 )です。ところが、今から約1050万年前に気候の寒冷化がピークを迎え、海水温が下がっていきました。一般に、恒温動物は寒い地域に適応するために体を大きくする傾向があります*4。サッポロカイギュウは、この時期以降に冷たい海に適応したと考えられています。体が大きくなるとともに前肢が退化し、歯を失っていきました。大型化したグループはジュゴン科ヒドロダマリス属として、ドゥシシーレン属と区別されています。


 北海道ではこれまでカイギュウの化石がいくつも発見されています。*5
サッポロカイギュウが発見される前、日本周辺で最古の大型カイギュウはタキカワカイギュウ(約500万年前の地層から発掘)でした。しかし、生息した年代から、サッポロカイギュウがタキカワカイギュウに進化し、さらにステラーカイギュウになってベーリング海に達したと考えられます。大型カイギュウの進化の歴史は、札幌から始まったということになります。


  • カイギュウの進化(札幌市博物館活動センター提供のものを改変)


 サッポロカイギュウの発見後、豊平川の河岸からは魚、ハクジラ、第2、第3のカイギュウの化石が次々と見つかりました。中には820万年前よりさらに古い可能性のある地層から発掘されたものもあり、今後も新たな発見が期待できます。


◆時空を超えて
 太古の世界への扉を開いたのは、近くに住む当時小学6年生の女の子とそのお父さんでした。週末ごとに化石や鉱物の採集を楽しんでいた一家が、いつものように出かけた河原で偶然発見したものが、サッポロカイギュウの化石だったのです。
サッポロカイギュウの発見は、大型カイギュウの進化の過程を明らかにしたばかりでなく、太古の札幌と、そこに生きていた脊椎動物の姿を見せてくれるきっかけとなりました。


 820万年前、冷たい海の底に沈んだカイギュウは、時を超えて私たちに多くのことを語りかけているようです。今は札幌市博物館活動センターでその姿を見ることができます。


(文:原林 滋子)

アクセス

サッポロカイギュウ発掘現場:札幌市南区小金湯
国道230号線を札幌から定山渓方面へ向かい、豊滝小学校前信号で右折。砥山栄橋から豊平川河畔に降りて、上流へ700メートル進んだ右岸
※ゴミを散らかさないなどルールとマナーを守って通行されるようお願いします。
上流には北電のダムがあります。放流すると急に水位が増して危険です。学校やグループで授業や事業として利用するような場合には事前に連絡しておくことをおすすめします。
原則的に河川は国有地であり、そこから産出する化石は国民の共通の財産です。個人の所有で貴重な資料が死蔵されたり、売買などの不法な取扱をされたりすることのないよう、情報があれば札幌市博物館活動センター、近くの博物館、学校の先生などにお知らせください。また、化石を個人の所有にする場合には、きちんと保管されるようお願いします。


札幌市博物館活動センター札幌市中央区北1条西9丁目リンケージプラザ5F
地下鉄東西線「西11丁目駅」4番出口より徒歩5分
※サッポロカイギュウの骨は常時展示されています

参考書・参考リンク

  1. 札幌の自然を歩く 第2版   地学団体研究会札幌支部編 北海道大学図書刊行会
  2. 人魚の博物誌   神谷 敏郎 思索社
  3. マンモス象とその仲間   井尻 正二 福村書店
  4. さっぽろ時空探検の書   札幌市博物館活動センター
  5. タキカワカイギュウの研究  古沢 仁  滝川市美術自然史館
  6. ドラゴンとアンモナイト ----化石が語る太古の北海道

取材協力

  • 札幌市博物館活動センター 古沢 仁氏
  • 学校法人総合技術学園 札幌科学技術専門学校 棚橋 邦雄氏


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*1:カイギュウは水底の海藻(草)を食べるので、骨を重くして体を沈める必要があった。骨の断面は他の動物のようにスポンジ状の組織を持たず、ぎっしり詰まって見える。そのため、一目でカイギュウの骨と同定できるそうである。

*2:それまで世界最古の大型カイギュウと考えられていたのはアメリカで発見されたもの。発掘された場所の地層は、760万年より古いものではないと特定された。

*3:日本では、1978年に山形県で発見されたヤマガタダイカイギュウが代表的。

*4: ベルクマンの規則(ルール)という。

*5:ステラーカイギュウ(北広島市)。タキカワカイギュウ(滝川市)。ヌマタカイギュウ(空知支庁沼田町)など。