さよなら、「ガスタンク」 〜北海道ガス 工場跡地〜



【なくなった大きなタンク】

JR札幌駅から東へ向かう列車に乗ると、発車してほどなく右手に大きな黄緑色のタンクが見えてきます。札幌へ戻るときは、車窓にこのタンクが見えると札幌駅が近づいたことがわかります。子供のころから何度も見ていて、列車の旅といえば必ず思い出される風景でした。


  • JRの車窓から見た風景。矢印のあたりにタンクがあった(2007/3/9撮影)


ところが、このタンクがいつの間にかなくなっていることに気がつきました。タンクを所有・管理していた北海道ガス株式会社にお聞きしたところ、2006年に取り壊され、現在は北広島、石狩、大谷地に同様のタンクがあるということです。


【球形高圧ガスホルダー】

この「タンク」は「球形高圧ガスホルダー」と呼ばれるもので、中には圧縮されたガスが入っています。球体は全体に均等に圧力がかかるため高圧に耐えることができ、もっとも安全にガスを貯蔵できる形といえます。現在、北広島*1に2基あるガスホルダーは内径が18m、容量が64,000立方メートルの大きなものです。1平方メートルあたり80kgの力で引っ張られても大丈夫な鋼(はがね)*2の板で造られており、最大で標準大気圧の20倍近い1.95MPa*3の圧力に耐えることができます*4


  • 北広島供給所のガスホルダー(北海道ガス株式会社資料より)


【都市ガスの変遷】

供給施設から、地域の家庭や事業所にガス管で届けられるガスを「都市ガス」といいます。
かつてJRの線路脇に見えていたガスホルダーは、同じ敷地内にある工場で製造された都市ガスを溜めておくためのものでした。この工場は大正元年に操業を始め、約90年間札幌に都市ガスを供給してきました。最初は石炭を原料とする「石炭ガス」、その後は石油やLPG(液化石油ガス)を原料とする「石油改質ガス」*5が供給されました。しかし、1990年代から「天然ガス」への転換が進められたため、新たなガスホルダーが北広島、石狩、大谷地に建設されました。


天然ガスとは】

天然ガスは、油田地帯やガス田地帯から産出する、メタン(CH4)を主成分とする無色透明の可燃性ガスです。硫黄分をほとんど含まないため、燃やしても硫黄酸化物(SO*6が発生しません。窒素酸化物(NOx*7二酸化炭素(CO2)の発生量も少ないことが知られています。また、人体に有害な一酸化炭素(CO)を含まず、空気より比重が軽くて上方に溜まることから、従来のガスよりも安全に使うことができますし、発熱量も約2倍と高カロリーです。


  • 石炭、石油、天然ガスを燃焼したときに排出される酸化物の量

(IEAおよび日本エネルギー経済研究所資料より)


天然ガスの可能性】

いま、環境に負荷のかからない「新エネルギー」*8が求められています。中でも、「クリーンエネルギー自動車」の一つ、天然ガスを燃料とする「天然ガス自動車」はすでに実用化されており、NOxやCO2の排出量が少ない低公害車として、北海道内で2005年8月末現在、1,006台が走っています。
また、天然ガスを燃焼させて発電すると同時に廃熱を利用して給湯や冷暖房を行う、「天然ガスコージェネレーションシステム」はエネルギー効率の高いシステムとして利用が広がっています(「謎の空中工場〜JRタワー〜」をご覧下さい)。さらに、天然ガスの主成分であるメタンから水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて電気を得る燃料電池も開発されています。ホテルや病院、家庭では、燃料電池を使っての発電が可能ですし、自動車に搭載すれば排気ガスを出さないクリーンカーになります。


【北海道産の天然ガス

日本人が一人当たり一日に使用する天然ガスは、平均1.7立方メートル*9と言われています。国内には17箇所の天然ガス田がありますが、2005年度には全供給量の96.3%を海外から輸入しています*10

ところが、札幌、小樽、千歳では国産の、それも北海道産の天然ガスが供給されているのです。苫小牧市勇払地区にガス田があり、約200億立方メートル以上の埋蔵量が確認されています。ここで生産される天然ガスは、パイプラインを使って北広島供給所に運ばれます。供給所では付臭剤を加えてガスに臭いをつけ*11、圧力を調節して家庭、事業所に送り出します。



【役目を終えて】

札幌地区に供給されるガスがすべて天然ガスに切り替わった2005年6月に、線路脇のガス工場は操業を止め、ガスホルダーも役目を終えました。
翌2006年、ガスホルダーは重機でつり上げられ、小さく切断されて運び出されました。ガスの製造に長く携わってきた社員の方々には我が身を切られるような光景だったとのことです。

工場跡地には大正時代につくられた赤煉瓦の建物と、わずかに工場やタンクの基礎が残っています。隣接する北海道ガス社屋の屋上からは、サッポロファクトリーサッポロビール園などの歴史ある建物とともに、日本ハムファイターズの室内練習場や新しいショッピングセンターが見えました。

この後、ここには何が造られるのでしょうか。大正時代から続いたガス工場の風景が変わるとき、私たちの「旅の風景」もまた、新しいものになるのでしょう。


  • 北海道ガス社屋の屋上から見た工場跡地。後方にJRの高架が見える 

(左)建物周囲にガスホルダーがあった (右)工場の基礎部分(2007/3/22撮影)


(文・写真・図 原林 滋子)

【アクセス】
北海道ガス株式会社 
北4条社屋(工場跡地) 札幌市中央区北4条東5丁目373番地

※虫眼鏡をクリックすると、解体される前の工場、ガスホルダーが航空写真で見られます(2007/3/27)


北広島供給所  北広島市大曲760番地


【参考資料・リンク】

  1. クリーンエネルギー 天然ガス 北海道ガス株式会社
  2. 北広島供給所 北海道ガス株式会社
  3. 独立行政法人 環境再生保全機構 「あおぞら探検クラブ」
  4. 省エネ塾

【取材協力】
北海道ガス株式会社 
  広報グループ 成田様、矢野様
  輸送ネットワーク管理部 佐藤様
  生産技術部 伊藤様  ありがとうございました。


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*1:北海道ガス株式会社 北広島供給所

*2:鋼とは、鉄に炭素、ケイ素、マンガンなどを加えた合金。炭素を含むことで鉄単体よりも硬さが増す。

*3:Paは圧力を表す単位。1気圧(標準大気圧)=0.101325MPa

*4:10年に1度、中のガスを抜いて全体に破損、割れなどがないかを人力で点検するとのこと。

*5:主成分はプロパン(C3H8)、ブタン(C4H10)。

*6:石炭や石油など、硫黄分を含む化石燃料を燃やしたときに発生する。ぜんそくや、酸性雨の原因となる。

*7:ものが高温で燃えたとき、空気中の窒素と酸素が結びついてできる。光化学スモッグ酸性雨の原因となる。

*8:現在、主なエネルギー資源として使われている化石燃料原子力に対して、新しく発見されたり、技術の進歩によって見直されるようになったエネルギー資源で、資源エネルギー庁が定義しているもの。太陽、風力発電、廃棄物、バイオマスを用いた発電、クリーンエネルギー自動車、天然ガスコージェネレーションなど。

*9:独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構より。 家庭での使用の他、発電にも使われる。

*10:天然ガスは-162℃に冷却すると、気体から液体(LNG液化天然ガス)になり、体積は600分の1にまで減少する。タンカーで運ばれたLNGは、国内で再び気化させて供給される。

*11:天然ガスは無臭なので、万が一漏れたときに気がつくよう、ガス独特の、タマネギの腐ったような臭いを付ける。ガスが空気中に1/1000混入したときに感知できる程度の濃度。