謎の空中工場 〜JRタワー〜

冬迫る11月、創成川沿いを走る国道5号線からJRタワーを見あげると、タワーの東側にある立体駐車場の屋上から、なにやら白い蒸気が上がっていました。


札幌の新しいシンボル、JRタワーの横で蒸気を上げ続ける“謎の空中工場”。しかしてその実体は?
今回のサイエンス観光マップはその謎にせまるレポートです。


  • 国道5号線から見たJRタワー東側。駐車場の屋上から蒸気が上がっている。(撮影:2005/11/14)


JRタワー展望室へ!

まずは実物をもっとよく見てみたいところですが、“謎の空中工場”は地上からでは良く見えません。
そこでJRタワー展望室T38から見下ろしてみました。
するとそこに謎の工場の全貌が!


  • JRタワー展望室から見下ろした“謎の空中工場”。6つの巨大なファンが並んでおり、その一つから蒸気が立ち昇っている。右端の四角い煙突状の部分からは高熱の排気が出ているようだ。また、蒸気でよく見えないが小さなファンが二つついた施設が左端にある。(map表示のサテライト・最大倍率でも6つのファンを確認することができます)(撮影:2006/4/5)


とりあえず見ることはできましたが、何の施設かは やっぱりわかりません・・・


そこで、JRタワーの方にうかがって、施設を管理している会社を教えていただきました。
そしてその会社「北海道熱供給公社」の方にお願いして施設を見学させていただくことになりました。


■地下へ!
JRタワーの地下3階、そこには巨大な空間が広がり、重量感あふれる機械がいくつも立ち並んでいます。
謎の空中工場は、「天然ガスコージェネレーションシステム」という施設の一部だったのです。


コージェネレーションシステムとは、一つのエネルギー源から電気、熱などふたつ以上のエネルギーを作り出すシステムのことです。
JRタワーのシステムでは、エネルギー源として、苫小牧の勇払ガス田からパイプラインで運ばれた天然ガスを使っています。


まず、ガスタービン発電機*1で、天然ガスを燃やして生じた高温高圧の排ガスでタービン(羽根車)を回して発電します。この電気はJRタワーで1年間に必要とされる電力の60%弱をまかなっています。

  • 轟音をあげてうなるガスタービン発電機。手前の太いパイプで、ガスタービンから出た排ガスを排熱ボイラなどにおくる。(撮影:2006/5/29 宮本朋美)


生じた排ガスは捨てられるわけではありません。
排熱ボイラという機械で、さらに水から蒸気を作るのに使われます*2
そしてあまった排ガスはさらに融雪温水ボイラにまわされて、水を温めて温水にします。
この温水はJR日航ホテル正面や、大丸札幌店のまわりの一部のロードヒーティングに使われます。

  • 熱気をはなつ排熱ボイラ。ガスタービンからの高温の排ガスで水を熱して、高温の蒸気を作る。(撮影:2006/5/29 宮本朋美)


排熱ボイラでつくられた蒸気は、蒸気タービン発電機に送られ、電気を作るのに役立てられます。
また、蒸気は暖房や給湯に使われます。


蒸気が足りない場合は、天然ガスを燃やして蒸気をつくる蒸気ボイラも働きます。

  • カラーリングもカッコイイ蒸気ボイラ。天然ガスを燃やしてその熱で水を熱し、蒸気をつくる。(撮影:2006/5/29 宮本朋美)


これらの蒸気は配管を通って、ステラプレイスアピアパセオエスタや大丸百貨店、さらには紀伊国屋書店にまで送られて行きます。
JRタワーの地下にはパイプが何本もつまった地下道が走っているのです。

  • JRタワーの下を走る地下道。西は紀伊国屋書店まで延びており、蒸気、温水、冷水を送っている。(撮影:2006/5/29 宮本朋美)


熱い蒸気だけではありません。この設備では冷房のための冷水も作っています。
蒸気ボイラでつくられた蒸気は蒸気吸収冷凍機という機械に送られ、冷水をつくる助けとなっています*3
また、冬は冷たい空気で水を冷やして冷水をつくる、フリークーリングシステム*4という機械も動きます。

なんとももりだくさんの施設です。


■無駄のないエネルギーのリレー
このガスコージェネレーションシステムは、天然ガスのもつエネルギーを無駄なく使うことができる、優れたしくみです。

ガスタービン天然ガスが燃えて生じたガスは、速い速度(運動エネルギー)と高い温度(熱エネルギー)を持っています。
この運動エネルギーはタービン発電機によって、電気エネルギーに変わります。
そして熱エネルギーはボイラによって、ガスから水に受けわたされます。
熱エネルギーを受け取った水は、温水や蒸気になります。
フリークーリングシステムでは、システム内の水が冷たい外気に熱エネルギーを受け渡すことで、冷たくなるのです。


このように次から次へとエネルギーを受けわたして、私たちが生活で使いやすい形に変えていくのです*5



■なくてはならない水
これらたくさんの機械は、動くときに熱を発しますが、あまり熱くなると機械が壊れてしまうので、機械を冷やすために、やはり水が利用されています。
水は大活躍です。


冷却水は機械から熱エネルギーを受けとり、あたたかくなります。
このあたたかくなった冷却水を外気で冷やすために、屋外に冷却塔という施設が設置されています。


“謎の空中工場”の正体は、ボイラなどで使われた後の排ガスが排気される排気口、冬の冷気から冷水を作るフリークーリングシステムの冷却塔、そしてあたたかくなった冷却水を冷やすための冷却塔でした*6


  • JR札幌駅とガスコージェネレーション施設の全体図(クリックで拡大)。地下3階の施設は4800m2、屋上施設は920m2の広さを持ち、地下道は450mの長さを持つ。


寒い冬でも熱い夏でも快適に買い物をしたり、仕事をしたりできるのも、このガスコージェネレーションシステムのおかげといっても過言ではありません。
“謎の空中工場”は氷山の一角、実態は空中工場ならぬ地下工場、まさに縁の下の力持ちだったのです。


(文:川本思心) 最終更新:2006/6/18 ver.1.1

【公式サイト・住所】

札幌市中央区北5条西2丁目5番地 JRタワー地下3階
TEL 011-209-5010

  • 事前に連絡をして、日程調整をすることで施設を見学することができます。実は年に1000人近くが訪れる、隠れた名所になっているそうです。


《備考》
札幌駅には風力発電太陽光発電の施設もあります。
詳しくはこちらの記事『北風と太陽 〜札幌駅の「風太郎」(かぜたろう)〜』をご覧ください。


【参考資料】

  1. 天然ガスコージェネレーション活用型 地域熱供給システム 札幌駅南口地区(北海道熱供給公社パンフレット)
  2. コジェネレーション (Wikipedia)  (web)
  3. 社団法人 日本ボイラ協会 ホームページ よくある質問 (web)
  4. 吸収式冷凍機の原理(日立アプライアンス株式会社) (web)


【取材協力】

*1:ガスタービン】圧縮機で空気を圧縮し、そこに燃料を噴射して燃焼させる。これによって生じた高温高圧のガスでタービン(羽根車)をまわして、動力とする機械。排気をそのまま噴出させたのがジェットエンジン

*2:【ボイラ】水に熱を加え、蒸気や温水にする機械。ボイラーとも呼ぶ。熱源に高温の排ガスを使うものを排熱ボイラとよぶ。排ガスのほかにも火を熱源として直接つかうボイラもある。

*3:【吸収冷凍機】水などの液体は蒸発する時に周囲から熱を奪う。このため周囲は冷たくなる(実例:打ち水)。また、水は地表の大気圧(1気圧)では100℃で沸騰して蒸発するが、気圧を下げるともっと低い温度でも蒸発する。このことを利用して、蒸気吸収冷凍機では、水が入った配管の周囲を低気圧環境にすることで、配管周囲にある水を蒸発させて、配管の中の水を冷やす。高温の蒸気などの熱源は、蒸発した水を元に戻す時に必要とされる。詳細は参考資料4を参照

*4:【フリークーリングシステム】冬が寒い北海道の気候を生かした施設。電気や燃料を使った冷却機械は必ず熱を発生してしまう(実例:クーラーの室外機から出る温風)。しかしフリークーリングシステムでは自然にある、冷えた空気を使うため、余計なエネルギーも使わず、熱も発生しない。現代のオフィスや百貨店では、熱を発生する機械が多数あるため、冬でも冷房が必要となる。

*5:【使いやすいエネルギーの“形”】お茶を一杯入れよういうときに、巨大なガスタービンから噴出する大量の高温ガスを使うことはできない。水(蒸気)は熱しやすくさめにくい、つまり熱エネルギーを蓄えやすい性質を持っている。また常温の水と混ぜることで温度も簡単に調節できる。

*6:【冷却塔から昇る蒸気】冷却塔に送られるのは30℃ほどの温水で、熱水ではないため、いつでも蒸気が昇っているわけではない。外気温が低くなると蒸気が発生する。