ねぎぼうずの咲くところ 〜丘珠の玉ねぎ畑〜



札幌の北東にある、丘珠空港からモエレ沼公園にかけての一帯には、大きな玉ねぎ畑が広がっています。五月のはじめに植えられた玉ねぎは、九月のはじめから収穫が本格的に始まります。


  • 8月上旬の玉ねぎ畑:倒伏*1が始まっています


札幌は日本の玉ねぎの栽培発祥の地と言われていて、「札幌黄」とよばれる玉ねぎの大生産地でした。

札幌黄」は明治のはじめにアメリカから持ち込まれた原種を改良して生まれた、札幌特産の玉ねぎです。
かつて札幌の玉ねぎ農家では、収穫した玉ねぎの中から形状、重量、大きさ、日持ちのよさなどの点で優れた玉ねぎ(母球)を選び、その母球から種をとりました。この種をまき、収穫時に再び選別をおこなうことを長年繰り返し、「札幌黄」が生まれました。
明治の末には、札幌で収穫された玉ねぎは、国内の流通のほかに、北はシベリア、南は東南アジアにまで輸出されていました。



札幌黄」は味がよく*2、札幌の風土と農家の努力の中で育て上げられた玉ねぎでした。ところが、現在では「札幌黄」はほとんど作られなくなりました。そのかわりに、F1品種((株)七宝の「スーパー北もみじ」などが代表品種です)とよばれる玉ねぎに生産のほとんどすべてが置き換わりました。


玉ねぎに限らず、農作物のF1品種は形状、大きさ、発芽や収穫の時期などの性質がすべての個体でよくそろうという特徴をもちます。
F1とは、性質や系統が異なる品種を掛け合わせた雑種の一代目の子孫のことです。F1で性質がよくそろうのは、遺伝の法則により優性遺伝子の形質がすべての個体に現れるためです。また、雑種を作ると、親となった品種より発育が著しく優れ、強い子孫が生まれることがあるため、F1は農作物の品種改良によく用いられます。
F1品種の玉ねぎは、「札幌黄」より貯蔵性、病気への耐性、収量などが優れていて作りやすく、生産性が大きく向上しました。このことが、「札幌黄」が作られなくなった理由です。


  • 遺伝子と現れる形質の関係


しかし、このF1から種をとった二代目の子孫(F2)は性質が不ぞろいになり、F1より品質が劣ってしまいます。
F2では優性遺伝子と劣性遺伝子のかけあわせにより1/4の確率(3:1の比)で劣性遺伝子のみ(F1では現れない形質)を持つ個体が現れるためです。
品質のそろった玉ねぎを生産するために、農家は種苗業者からF1品種の種を毎年購入しています。このため、収穫した玉ねぎから種を採る必要が無くなり、玉ねぎの花が畑で見られることも少なくなりました。


札幌には今もみずから種をとり、「札幌黄」を作り続けている農家がわずかに残っています。もし丘珠の玉ねぎ畑の片隅に真っ白な「ねぎぼうず」を見ることがあれば、きっとそれは「札幌黄」の花でしょう。ねぎぼうずの咲く畑には、100年以上の歴史を札幌の玉ねぎ農家とともに生き抜いた玉ねぎが育っているのです。


  • 札幌黄」の花 : 2006.7.30.撮影


(文・図・写真:佐藤 登志男)

[アクセス]

札幌新道 伏古IC出口付近から「丘珠空港」、「さとらんど」方向へ進んでください


[参考文献]


札幌玉葱販売農業共同組合連合会 札玉創立二十年記念誌(1970)
八鍬利郎 北海道のタマネギ(1975)
札幌村歴史研究会編 北のたまねぎ −札幌黄を育てた人たち−(1998)


[参考リンク]


株式会社七宝(平成16年にF1品種の開発で農林水産大臣賞を受けています:pdfファイルの3ページ目)
http://www.shokokai-kagawa.or.jp/kenren/com_guide/sippou.htm
http://www.afftis.or.jp/project/prize/16/gaiyou.pdf
Wikipedia 「タマネギ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E3%81%AD%E3%81%8E
札幌市役所 さっぽろの農業
http://www.city.sapporo.jp/keizai/nogyo/gaiyou/tamanegi.html
札幌村郷土記念館
http://www.ncf.or.jp/wg/higashiku-nc/kinenkan/sapporomura.html


[取材協力]


齋藤農園 齋藤 重博 様、齋藤 恵子 様
(有)奈良写真館 奈良 光悟 様
札幌村郷土記念館

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*1:玉ねぎが十分に育つと葉が折れて倒れます。収穫の目安となります

*2:カレー、肉じゃがなど煮物がおすすめだそうです。:齋藤様 談