光のいたずら・蜃気楼 (その2・気象学編)〜小樽市高島〜



■小樽の蜃気楼 〜高島おばけ〜


 石狩湾では蜃気楼を見ることができます。小樽市旧高島トンネル近くの海岸は、私が1998年に初めて蜃気楼を見た場所で、私がおすすめする観察スポットです。


  • 小樽市高島の蜃気楼観察スポット。旧高島トンネル近くの海岸


 ここから対岸約22km先の石狩湾新港は実際には、球形や円柱形のタンクがあるのですが、蜃気楼になると、まるでビルがたくさん林立しているように見えることもあります。蜃気楼の語源は、紀元前の中国にまでさかのぼります。「蜃(大ハマグリ)またはミズチ」から吐く「気(息)」によって、「 楼閣(大きな建物)」がつくられると考えていたことによります。



  • 上段:石狩湾新港のタンク群が蜃気楼化。下段:実景。(望遠撮影)


 小樽沖の蜃気楼は、江戸時代から「高島おばけ」と呼ばれていました。この観察スポットがある小樽市の高島地区が名前の由来です。幕末に蝦夷地(北海道)を探検した松浦武四郎が、1846(弘化3)年の5月初旬(今の6月初め頃)に小樽沖を船で航行中に蜃気楼を見ました。その蜃気楼のことを地元の人々は「高島おばけ」と呼んでいたそうです。松浦武四郎の著書「西蝦夷日誌」「再航蝦夷日誌」に記してあります。


  • 西蝦夷日誌に描かれた蜃気楼「高島おばけ」の図(北海道大学付属図書館蔵)


■蜃気楼を科学的に考えると


 蜃気楼現象の物理的メカニズムについては7月12日に公開した「光のいたずら・蜃気楼(その1・光学編)」で解説した通りで、上層に密度が小さい物質、下層に密度が大きい物質があることによって、その境界で光の進行方向が変わり、景色が実像とは異なって見えるということです。そこで今回は、実際にどのような気象条件の時にそのような現象が起こるのかを説明しましょう。蜃気楼が発生する4月から7月、石狩湾の海水面温度は、4月で5〜10度、7月では15〜20度です。一方、石狩湾岸の陸地の気温は、晴れれば4月でも15度以上、7月では25度以上の日もあり、海水面温度よりも陸地の気温が高くなる日があります。そしてその陸地の暖かい空気が風速2〜3m程度の南よりの風で海上に流れ込むと、上層は暖かい空気で下層は冷たい空気になります。空気は暖かいと密度が小さく、冷たいと密度が大きいので、下図のように対岸の対象物からの光は上に凸のように進みます。そこで観察者は、その光がまっすぐに進んできたものだと思うため、その対象物が上にあるかのようにだまされて見えるのです


  • 上暖下冷の空気層で光が屈折して蜃気楼が見える


 つまり、「4月から7月にかけての海上の冷たい空気の上に、陸上の暖かい空気がその上に流れこみ、上層が暖かく下層が冷たい空気層になります。その境界で光の進行方向が変わり、景色が実像とは異なって見える」というのが蜃気楼発生のメカニズムです。


■蜃気楼を見るために


 それでは実際に蜃気楼を見るためにはどうしたら良いのでしょうか。まずは、蜃気楼が発生しそうな日に観察スポットに出かけなくてはなりません。蜃気楼が発生する可能性が高い期間は、陸地の気温に比べ海水温が低い4〜7月です。気象条件としては、ぽかぽかと陽気が良く気温が高い日です。そして、石狩湾上の冷たい空気の上へ陸地からの暖かな空気が流れ込むような、穏やかな南風が吹く日です。さらに対岸の景色が見える程度に遠くが見えなくてはなりません。持ち物としては、双眼鏡があると良いでしょう。蜃気楼は遠くの現象なので双眼鏡で拡大して見ることをお勧めします。あとはじっくり待つのみです。午後に発生することが多いのですが、午前から発生することもあります。継続時間は数時間の場合もあれば、10分程度の場合もあります。蜃気楼はとても気まぐれな現象です。ちょっと気長に待ってみましょう。

 蜃気楼は光学や気象学により説明ができる科学的な現象です。科学的な理解がなかった幕末の高島の人たちは、景色が異なって見える不思議な蜃気楼現象を「おばけ」に例えたのでしょう。実は科学的な現象だと理解しているはずの私でさえ、蜃気楼を実際に見ると自然現象にだまされてしまい「おばけ」のように見えてしまいます。みなさんもだまされたつもりで「おばけ見物」をしてみませんか?

旧高島トンネル付近

  • 【アクセス】:JR小樽駅前から「高島3丁目」行きバスに乗り終点下車。徒歩約7分。
  • 【住所】:小樽市高島3丁目4

【参考サイト】

  1. さっぽろサイエンス観光マップ/光のいたずら・蜃気楼(その1・光学編)
  2. 北海道・東北蜃気楼研究会(「高島おばけ」を詳しく紹介)
  3. たそがれの小樽(「高島おばけ」のいろいろな写真や動画を紹介)


(文・写真・図 大鐘卓哉)


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