蛙の手がもみずる秋〜定山渓の紅葉〜


 札幌から国道230号線を南へ向かって車で40-50分走ると定山渓に着きます。そこには、札幌の奥座敷といわれる温泉街があります。定山渓では、10月になると紅葉が始まります。木々は赤や黄色に着飾って秋の装いをこらします。

 紅葉は「モミジ」と読むことができます。元々モミジは、「もみず(紅葉づ)」という、葉が紅葉または黄葉することを意味する動詞からできた言葉です。紅葉の代表選手はイロハカエデ。カエデの葉の形は蛙の手に似ています。そこから「蛙手(かえるで)」がつまってカエデになったといわれています。植物学的には、モミジとカエデの区別はなく、すべてカエデ科に属します。


 さて、こうした美しい紅葉が楽しめるのは、日本が、温帯地域を中心とする気候帯*1に属しているからです。そして、紅葉は、主に温帯地域に自生している木の生存戦略の一つである落葉性に大きく関わっています。四季がはっきりしている気候帯で、落葉樹が葉を落とすのには、どのような戦略が隠されているのでしょうか?
 葉は光合成を行う大切な器官ですが、葉を作るのにも、葉を維持するにもコストがかかります。葉はせっせと光合成をして、このコストをまかなう以上の栄養物を生産しなければ存在意義がありません。
 ところが、温帯地域では気温の低い冬が巡ってきます。冬には光合成効率が悪くなり、葉を維持することはコスト的に合いません。そのため秋に一旦、葉を落として、冬は休眠し、春に再生する落葉性が適しているのです。これに対し、熱帯地域では一年中気温が高いので、葉を落とさずに、一年を通じて日光を受け止める常緑性が適します。また、亜寒帯地域では、冬の低温に加えて、夏も気温が上がらないために、ひと夏の光合成生産では葉の再生コストをまかなうことができません。そのため寒さに強く、維持コストの低い葉を作って常緑にした方が得になります。*2


 葉を落とすときのプロセスは複雑です。そして、この過程で葉の色が変化します。



1.まず気温が下がって、光合成効率が悪くなると、葉の付け根と茎の間に、離層(りそう)と呼ばれる層ができます。この層により、葉と茎との間の栄養分の通路がふさがれます。この時期までの葉の色は緑色です。これは葉緑体の中にあるクロロフィルという緑色の色素のためです。葉緑体の中にはカロチノイドという黄色の色素もあるのですが、クロロフィルに比べて8分の1しかないので、目立ちません。


2.栄養分の通路がふさがれると、光合成でつくられたでんぷんが行き場を失い、葉の中にたまります。でんぷんは糖に分解され、この糖を材料として、アントシアンという赤色の色素が作られる葉*3があります*4。また、合成するための遺伝子がなかったり、この時期には発現しないためにアントシアンが作られない葉もあります。その一方、気温が低くなる*5と、クロロフィルをはじめとして、葉の細胞内容物の分解が進みます。分解によって生じる、窒素、リン、カリウムなどの元素は、回収されて他の器官で再利用されます。これは落葉前の木にとって大変重要な作業です。


3.アントシアンがつくられた葉は、赤色の葉になります*6。アントシアンがつくられなかった葉は、クロロフィルが分解されることにより、隠されていたカロチノイドという黄色の色素が目立つようになり、黄色になるのです。
 やがて、紅葉の盛りが過ぎると、葉の付け根にできた離層で、細胞壁を溶かす酵素がつくられます。この酵素の働きで細胞壁が弱くなると、水分の通路が切れてしまいます。そうなるともはや葉は茎に留まることができなくなって落葉します。


 こうしてみると、落葉のプロセスというのは、葉の有効構成成分を分解して、回収再利用するための執行猶予期間と見ることもできそうです。落ちた葉にしても、やがては微生物によって分解されて腐葉土となり、次の世代の新芽や若葉や種子のための養分となることでしょう。私たちは、もっぱら赤や黄色に葉が色を変える様子*7に目を奪われ、行く秋を惜しむことに熱心ですが、植物たちは、その裏で資源の再利用を粛々と行い、来年の春のための準備をすでに始めているようです。

(文・写真: 中村滋、図: 中村景子)

【住所】
札幌市南区定山渓温泉
【アクセス】
自家用車で

  • 国道230号線を札幌市中心街から南へ約40分

バスで


【参考文献】

  1. 『朝日百科 植物の世界13 植物の生態地理』朝日新聞社、1997
  2. 『朝日百科 植物の世界3 種子植物 双子葉類3』松下まり子「紅葉と落葉」pp158-160、朝日新聞社、1997
  3. 大井次三朗他編『モミジとカエデ』誠文堂新光社刊、1968
  4. 八田洋章『木の見かた、楽しみかた ツリーウォチング入門』朝日選書、1998
  5. 増田芳雄他『絵とき 植物生理学入門』オーム社、1988

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*1:厳密には、北海道と、本州の高原地帯は亜寒帯地域。火山列島南鳥島沖ノ鳥島波照間島沖大東島の5地域は熱帯地域。それ以外の日本の地域は温帯に属します。

*2:実際には、植物の種によって、ここで説明した性質の表れ方が異なりますし、過去の地球の気候変動の履歴を引きずっているために、同じ地域でも、常緑樹と落葉樹が同居します。また厳密には亜寒帯地域に分類される北海道にも落葉樹は存在します。しかし大きくみれば、低緯度と高緯度地方で常緑性が多く選択され、中緯度では落葉性が現れるのです。

*3:落葉期に、アントシアンがなぜつくられるかについては、専門家の間でも意見は一致していません。一方、若葉の紅葉現象というものがあり、やはりアントシアンが作られるのですが、こちらの方は、葉緑体を紫外線から守り、日光を吸収して温度を上げるためとされています。

*4:もうひとつ、同じ仕組みによってタンニン系の褐色の色素が作られる葉があります。

*5:最低気温が8度を下回ると、紅葉がはじまり、5-6度以下になると紅葉のスピードが速くなると言われています。

*6:タンニン系の物質が作られた葉は褐色になります。

*7:一般に良い紅葉になる条件は、3つあります。昼と夜の寒暖の差があること。日光。そして湿度です。昼、暖かいとよいのは、残された葉緑体による光合成によって、アントシアンの原料となるでんぷん(糖)が葉の中にたくさん溜められるからです。夜、寒いとよいのは、クロロフィルの分解が低温ほど進むことと、低温の方が植物の呼吸が少なく、溜まったでんぷん(糖)を消費しなくてすむためです。日光は、アントシアンを作るための必須条件であり、湿度は、湿気が足りなくなるとはやくに葉が落ちてしまうからです。