スケートが滑る理由の記事その後(1/3)


 CoSTEP1期生の宮下です。2006-03-05の記事で、「スケートの圧力で氷が水になる 〜真駒内アイスアリーナ〜」(http://d.hatena.ne.jp/costep_webteam/20060305)という記事を書きました。その内容が議論を呼んだので、そのいきさつを3日連続の3回で紹介することにします。


 滑る理由には諸説があり、まだ結論が出ていない話題のようです。詳細は下の説明のほか、リンク先を参照していただきたいのですが、歴史的に①圧力融解説②摩擦融解説③凝着説、などの説があるそうです。私は圧力により氷がとけて滑りやすくなるという「圧力説」を説明しました。いろいろな説がある中、圧力説だけを取り上げたことが問題の発端でした。

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(「圧力説」について)
氷が圧力で解けて水になり、滑りやすくなるという説。水の状態図の融解曲線が負の傾きを持つことが根拠である。


  • 水の状態図 氷と水を分けている曲線を融解曲線という


(「圧力説」が否定される根拠)
低温で水が溶けるための圧力はかなり大きく(下図参照)、そこまでの圧力はスケートでは得られないと考えられている。正確には、圧力の効果が全く無いわけではないが、他の理由のほうがはるかに効果が大きいということである。


  • 融解曲線を計算したもの。*1
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■専門家が否定した圧力説が、いまだ非専門家に信じられている。


「圧力説」は約100年前に発表され、約50年前に否定されているようです。こちらも詳細はリンク先に書いてありますが、「圧力説」は1886年にジョリーにより提案されて世界に広まり、その50数年後の1939年にバウデンが「摩擦説」を唱えています。現在では「圧力説」はいろいろな理論やデータを根拠に専門家の間で否定されているようです。また「摩擦説」については説得力のあるデータが蓄積され、最も支持されている学説のようです。しかし「摩擦説」でも説明できない現象があるため、現在でも研究が進められているところのようです。しかしながら、非専門家の間では状況が違うようです。


 否定されたはずの「圧力説」は、残念な事に現在でもかなりの知名度があり、関連する分野の教科書等に書かれ続けています。最近でも、American Institute of Physics(アメリカ物理学協会)の「Physics Today」(2005.12)に、「Why is ice slippery?」(なぜ氷は滑りやすい?)という話題が載りました(http://www.geo.hunter.cuny.edu/~hsalmun/ice_phy2day.pdf)。その中でも「圧力説」について、「But surprisingly, even with little evidence in its favor, pressure melting remained the dominant explanation of the slipperiness of ice for nearly a century.」(しかし驚くべきことに、支持する証拠がほとんどないのに、圧力融解は100年あまりに渡って氷が滑ることの、支配的な説明であった。)とあります。私はこの圧力説について、学部のときに熱力学の教科書の練習問題で知りました。その他の本でも「圧力説」を元にした説明を読んだ記憶があります。それらはもちろん、摩擦説等の記述は無く、「圧力説」が証明されているかのごとく「圧力説」だけが記述されています。


 関連分野の教科書等が間違ったことを載せたまま放置されているのは問題があるように思います。それではなぜこれまで放置されてきたのでしょうか?正確なことはわかりませんが、私が想像するに「圧力説」は、1.歴史的には一番早く発表され、約50年も専門家が支持している間に広まった。2.専門家としては否定したいが、他の説もまだ完全でないため反論しづらかった。3.水の状態図を説明するときに都合の良い話題だから使い続けられている。以上のようなところではないでしょうか。次回は、私が「圧力説」で記事を書いたいきさつを書いてみたいと思います。


(文・図:宮下友則) 最終更新 2006/5/16 ver.1.0

*1:融解曲線は、アトキンス「物理化学(上)」第4版(株)東京化学同人の練習問題に載っていた式 P/bar = 1.0−3.53×10^4×ln(T/273.15K) による。