山のかたち、船のかたち 〜軍艦岬〜
札幌市中央区と南区の境目、藻岩山が東にむかってつき出ている部分の切り立ったガケを“軍艦岬”とよびます。
- 西に向かって石山通ごしに見る「軍艦岬」 (撮影:2006/4/22)
でもどこが軍艦?と私は最近まで思っていました。
今回はその名前の由来となった、船のかたちに関する疑問について調べてみました。
■山のかたち
まずは何事も実物をよく観察することからです。
ちょっと角度を変えて、軍艦岬を北から南にむかって見てみると、地面に近いほうが先にのびた形になっています。
でも、「軍艦のへさき」と聞いて思いうかべる形とは似ていません。
- 【左】真横から見た軍艦岬。(撮影:2006/4/22)。 【右:参考写真】横須賀港における海上自衛隊の護衛艦DD-107いかづち、DDH-144くらま(手前二隻)とロシア海軍のミサイル巡洋艦ワリヤーグ(奥)。どの艦船のへさきとも軍艦岬は似てないようですが・・・(撮影:2002/10/13)
ここでよく考えてみましょう。
「軍艦岬」という名前は、ガケの形が軍艦に似ているということで、明治ごろに付けられたようです*1。
ということは、今の軍艦のかたちと、軍艦岬のかたちを比べても意味がありません。
では明治時代、あるいはそれ以前の軍艦のへさきはどのような形をしていたのでしょうか?
■武器としてのかたち、衝角
- 【左】1899年(明治32年)に建造された日本の軍艦三笠(撮影:1918〜1922年? 転載:北大北方資料室所蔵『大正7年乃至11年西伯利出兵史写真帖』より)。現代の軍艦とずいぶん雰囲気が違います。残念ながらへさきは見えないので詳しくはこちらをご覧ください→(ウィキペディア「三笠」)【右】三笠の艦首の模式図。水中にある突起を衝角(しょうかく)と呼ぶ。(「甲板」は軍艦では「かんぱん」、民間船では「こうはん」と読む)
上の右の図を見ると、
なるほど、たしかに軍艦岬のかたちは、昔の軍艦のへさきにそっくりです。
今から100年ほど前までの軍艦のへさきは水面に近いほど先に伸びており、さらに水面下には、衝角(しょうかく)と呼ばれる突起があったのです。
衝角は相手の船の横腹にぶつけて穴を開け、しずめてしまう武器です*2。
ではなぜ、船に穴が開くと沈んでしまうのでしょうか?
船が浮くためには、浮力が必要です。
浮力は、船体がおし出した水の重さと等しいので、船体に穴があいて水が入ってしまうと、浮力がへってしまい、船は沈没してしまうのです。
- 船体の深いところには強い水圧がかかり、浅いところには弱い水圧がかかる。全ての場所での水圧を差し引きすると、上向きの力(浮力)となる。浮力の大きさは、船体がおし出した水の重さ(赤斜線部)と等しい。船体に水が入ると、おし出す水の量が減った分だけ浮力が減るが、船自体の重さはかわらない。その結果、船は沈んでしまう。
■はやく進むためのかたち
一つの疑問はとけましたが、もう一つの疑問が浮かびました。
現在のたいていの船は甲板のほうが前にせり出したかたちになっています。
今の船の形にはどのような意味があるのでしょうか。
船が早い速度で進むと、波しぶきが甲板にまであがってきてしまい、前がよく見えなくなってしまったり、甲板の物が流されたり、ひどい時には船が沈んでしまいます。
これをふせぐため、そり返ったかたちのへさきで、波があがってこないようにおさえるのです*3。
また、水面下には球状艦首(きゅうじょうかんしゅ)という、丸いでっぱりがあります*4。
これは船をはやく進めるための工夫です。
船が水上を進むときに、進む方向とは反対方向にむかってはたらく力=抵抗がはたらきます。
そのうち、造波抵抗(ぞうはていこう)*5と呼ばれる、船首と水面がぶつかって生じる波による抵抗があります。
球状艦首の役割は、水面下に波をつくり、水面でできる波を打ち消すことで、造波抵抗を抑えることにあります。
- 造波抵抗を小さくするための球状艦首。船首がつくる波(青)を球状艦首がつくる波(赤)でうちけす。民間船の場合は「球状船首」と呼ぶ。
- 札幌市街から見た藻岩山の今昔。藻岩山全体が軍艦で、軍艦岬(矢印)はそのへさきだとか。 【左】撮影:1935年頃(転載:北大北方資料室所蔵『札幌市街』より 【右】撮影:2006/4/5 JRタワー展望室より
街はずいぶん変わりましたが、山のかたちはかわりませんね。
船の形も変わりましたが、それを支配する物理法則はかわりません。
いかに物理法則を理解し、利用するか、
船のかたちの科学は今も自然に挑戦しています。
(文・撮影・図:川本思心) 最終更新:2006/5/13 ver.1.1
【住所】
- 札幌市南区南31条西11丁目
軍艦岬は、山鼻川緑地に面しています。山鼻川緑地については、こちら→(札幌市公園検索システム)
【アクセス】
- じょうてつバス停留所「南29西11」または停留所「南33西11」で下車。徒歩約3分。
詳しくは「Sapporo ekibus navi -札幌周辺公共交通案内-」で調べてください
下りの停留所「南33条西11」のすぐ前には「ぐんかん岬」という呑み屋さんがあります。
【参考資料】
- 『札幌地名考』さっぽろ文庫1 札幌市教育委員会編 北海道新聞社 1977
- 『郷土誌藻岩下』 藻岩下連合町内会郷土史編集特別委員会編 札幌市南区 2003
- 『船の歴史 第2巻 近代篇』 上野喜一郎 天然社 1952
- 『船舶知識のABC』 酒井保也監修 池田宗雄著 成山堂書店 1995
- 『船舶工学概論』 面田信昭 成山堂書店 2002
- 『船の科学―箱船から水中翼船まで (ブルーバックス)』 吉田文二 講談社ブルーバックスB294 1976
- 三脚檣写真帖(6), (7) (web)
- 緩衝型船首構造の検討(タンカーの油流出に関する調査研究成果報告書 日本造船研究協会) (web)
- 新船首形状Ax-Bow (JEFスチール株式会社 NKK技報No.176 2002年3月) (pdf)
- LPG船(中速船)の推進性能を高める新型船首形状 SEA-Arrow (株式会社川崎造船) (web)
*1:【軍艦岬の命名時期】「軍艦岬」は正式名称ではないため、地図に記載されている例を今回みつけることはできなかった。いくつか文献の記述から、明治時代には軍艦岬と呼ばれ始められていたらしい。
*2:【衝角のその後】20世紀初頭に艦砲の射程と精度があがると、相手に近づいて衝角をぶつける前に、相手の砲撃を受けてしまうことが多くなってきたため、衝角を装備する軍艦はなくなっていった
*3:【船のへさき】時代、船の目的などによって様々な形態があり、反り返ったかたちのへさきには、クリッパーバウ、スプーンバウ、S字バウ、アトランティックバウなどと呼ばれるタイプがある。バウとは船首のこと。
*4:【球状艦首】球状船首、バルバスバウともよぶ。船全体の形状、速度によって、最も効果のある球状船首の形態は異なり(参考資料8,9参照)、球状艦首がないほうがよい場合もある(参考資料10参照)。また、球状船首は強度が高いため、衝突事故の時に、衝角のように相手船に大きなダメージをあけてしまう場合がある。このため、衝突時の衝撃をやわらげる球状船首も開発されている(参考資料8参照)。
*5:【造波抵抗】船首と船尾から生じる波による抵抗。速度の三乗に比例して増加する。また、水線長(喫水線の長さ)の係数に反比例する。