飛蝗襲来 〜手稲山口バッタ塚〜

  • 手稲山口にあるバッタ塚 (撮影:2005/11/26)


 手稲区の最北端、新川の河口近くにある「手稲山口バッタ塚」。
「塚」とは土が小高く盛り上がっている所、またはお墓のことです。
つまり「バッタ塚」にはバッタが埋められているのです・・・・


と書くと、なにやらミステリーの雰囲気ですが、
ここであったことは、ミステリーというよりは、
バッタと開拓者との間の“戦争”だったのです。




 北海道開拓時代の1880年明治13年)8月に、
十勝地方で大量のトノサマバッタが発生し、札幌にも飛んできました。
その数があまりにも多かったため、集まって空を飛ぶ様子は黒い雲のようだったと言います。
その後は札幌でも毎年のようにバッタが大発生して、農作物が食べつくされてしまいました。


 人々はバッタを減らすために、幼虫を追い込んで穴に埋めたり、ローラーでつぶしたり、
野原に火をつけたりと色々なことをしました。
雨が降れば卵が死ぬということで、雨乞いのために大砲まで撃ったそうです。


 そのような中の1883年、人々は札幌中から卵を集めて、
砂地だったこの地に埋めて、バッタを減らそうとしました。
これがバッタ塚です。


 バッタ塚は札幌の他の地域にもあったそうですが、
現在まで残っているのは手稲山口のバッタ塚だけです。


 このとき発生したトノサマバッタは、
私たちが普段夏から秋ごろに野原で見かける緑色のトノサマバッタとは少し違います。
緑色のトノサマバッタ孤独相(こどくそう)と言います。

 一方、大量発生し、バッタ塚に埋められたトノサマバッタ群生相(ぐんせいそう)といいます。

 そしてこの二つの中間の特徴をもつ転移相(てんいそう)というトノサマバッタもいます。


 どれも同じ種(子供を作って増えることができる仲間)なのですが、
体の形や性格、体を動かすしくみが違います。


 あまりに姿形が違うので、1921年にロシア出身の昆虫学者ウバロフが
研究によって明らかにするまで、これらのバッタは
別々の種だと思われていました。


 ではどのようにして、同じトノサマバッタがいくつもの姿になるのでしょうか。
トノサマバッタには普段は孤独相しかいません。


 干ばつなどで餌(イネの仲間)が少なくなると、そこにたくさんの幼虫が集まります。
 このような狭い場所で、たくさんの幼虫が集まってそだった場合、
まず転移相(てんいそう)になり、それから群生相になります。


 このように、姿が変わることを相変異(そうへんい)と呼びます。
相変異は、バッタどうしが出し合うフェロモンという化学物質や、
体が触れ合うことなどによってひきおこされると考えられています。


 ではなぜ、群生相になるのでしょうか。
何かその方がバッタにとってよいことがあるのでしょうか。


 同じせまい場所にたくさんのバッタが住んでいると、
餌や住む場所がなくなって、結局は皆死んでしまいます。


 そこで、遠くまで飛べる体に変化して、新しい土地を探して旅立つのです。
仲間同士で集まることで、鳥などに襲われにくくすることもできます。


 トノサマバッタの相変異は、
厳しい自然のなかで生き残るための優れた方法だと考えられています。


 しかし、開拓者達も厳しい自然の中で生き残らなければなりませんでした。
群生相の発生を抑えようと作られたバッタ塚でしたが、
決定的な効果はなかったようです。


 結局、群生相の大量発生を止めたのは自然でした。
1884年の夏は雨が多く気温も低く、卵があまりかえらなかったのです。


(文・写真・図:川本思心) 最終更新:2005/1/14 ver.1

【住所】

  • 手稲区山口324番地 札幌市西部スラッジセンターの片隅にあります。周辺の埋め立て地は、公園化が計画されています。


【アクセス】

  • 地下鉄「宮の沢」駅のJRバスターミナル5番乗り場発 札樽線44番(稲西高校行き)

 バス停「山口」で降車。所要時間約28分、料金330円
バス停西の看板「札幌市指定史跡 手稲山口バッタ塚」に従って「山口墓地線」に入る
 徒歩約30分(約2.4km)でバッタ塚に到着

  • 駐車場あり


【参考資料】

  1. 札幌事件簿 (さっぽろ文庫 (37))』 さっぽろ文庫37 札幌市教育委員会編 北海道新聞社 1986
  2. 札幌昆虫記 (さっぽろ文庫)』 さっぽろ文庫52 札幌市教育委員会編 北海道新聞社 1990
  3. 黒いトノサマバッタ (わたしの昆虫記)』 私の昆虫記1 矢島稔 偕成社 1998
  4. 飛ぶ昆虫、飛ばない昆虫の謎』 藤崎憲治・田中誠二編著 東海大学出版 2004


【取材協力】
田中誠二博士 (農業生物資源研究所 生体機能研究グループ 生活史制御研究チーム)