お米のサラブレッド、「おぼろづき」。もう食べましたか?〜北海道農業研究センター〜


 クラーク博士の像が建つ羊が丘の一角に、北海道農業研究センターがあります。ここ(当時の名称は、北海道農業試験場)で育種され、2006年秋から一般に販売され始めたお米が「おぼろづき」です。

 おいしいお米の代名詞であるコシヒカリに負けないおいしさであるというふれこみの「おぼろづき」。皆さんは、もう口にされましたか?


◆「赤毛」から「坊主」へ
 明治の頃、北海道は低温のため、米作には適さないといわれました。道南地方にわずかの水田がある程度で、札幌農学校でも、米作ではなく、畑作を奨励していました。
 そんな中、明治6年に、中山久蔵という人が、札幌市郊外の月寒村島松(しままつ)で、「赤毛」という耐冷性にすぐれたコメの栽培に成功しました。この「赤毛」の中から、さらに優良なものを選抜したのが、明治28年の「坊主」という品種です。この「坊主」によって、旭川を含む上川地方や、それ以北の地域にもコメ栽培が広まりました。
 「坊主」によって、北海道の広い範囲でもコメを作ることはできるようになりましたが、まだまだ課題は残っていました。それは、「平年の収量が少ない」、「天候不順に弱い」、「味が劣る」という課題です。この当時のコメの育種は、在来種の中から優秀な集団や個体を選抜し分離して育てる「分離育種法」というやり方でした。


◆交配育種法による「富国」の誕生
 大正10年に、秋田県の国立農事奥羽試験場で、「陸羽132号」という品種が育成されました。この育成には、「交配育種法」という技術が使われています。
 「交配育種法」は現在でも主要な方法として用いられている育種法です。互いに補いあう優秀な特性をもつ両親品種を人工的に交配して、両特性をあわせ持つ新しい品種を育成します。
 「交配育種法」は、「交配」「選抜」「固定」という3つのステップが必要です。「交配」は、かけあわせたい2品種を用いて、おしべの花粉をめしべに受粉させる作業です。うまく交配できた種(たね)には、両親から受け継いだ様々な性質が混ざりあっています。その種、1粒を育てると約1200粒の兄弟ができます。この兄弟種を数世代育てて、その中から、望ましい性質を受け継いでいるものを「選抜」します。数十個ほどの種を選抜したら、再び育てて選抜を繰り返します。こうすることで、元の親の性質とつねに変わらない子ができるようなります*1。これを「固定」といいます。固定のためには、選抜を6回から8回は繰り返さねばなりません。こうした長いプロセスを全てくぐりぬけたものだけが、新しい品種として世に出ることができるのです。このため、交配育種法は、かつては10年以上、現在でも7年ほどの時間がかかります。
 この技術を使って、昭和10年に、北海道の主力品種であった「坊主六号」と、東北地方の優良品種であった「中生愛国(なかてあいこく)」が交配されて、「富国」が生まれました。「富国」はコメの平年収量を大幅に改善しました。そしてこの「富国」以降、北海道のコメは新品種が発表されるたびに、耐冷性が改善され、平均収量を伸ばしてきました。このような数々の努力が実って、ついに昭和36年には、北海道は都道府県別のコメの生産量で日本一の座を手にするのです。


◆おいしいコメの条件とは?
 こうしてコメの生産量は日本一になった北海道でしたが、コメの味となるとその評価は散々なものでした。お米の好きな鳥ですら食べないという意味で「鳥またぎ米」とさえ言われたこともあったのです。元々北海道の品種改良は、いかに冷害につよく、収量を上げられるか、という点に重点が置かれ、味は二の次でした。冷害を避けるには、できるだけ短期間に実をつける早生種(わせしゅ)が望まれます。これに対して秋の遅い時期まで時間をかけて実をつけた晩稲(おくて)の方が、一般に味はよいとされています。このため、早生種の性質を高めていった北海道の品種改良は、味を犠牲にするものだったのです。
 しかし、そんなことは言っていられない状況がやってきました。昭和40年代になると、全国的にコメ余りの状態となり、政府は減反政策(生産可能な水田を、生産量調整のために休田させること)をとるようになりました。量よりもおいしくないと生き残れないコメ市場に変わってしまったのです。
 ご飯のおいしさを決める要因としては、「つや」、「粘り」、「硬さ」、「香り」、「うまみ」があります。このうち、「粘り」と「硬さ」に関しては、でんぷんの成分とタンパク質の量が関係することがわかっています。
 コメの70%は、でんぷんから成り、残りの30%が、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルからできています。でんぷんには、アミロースとアミロペクチンという2種類のでんぷんがあります。この2つの割合によって、コメの「粘り」が決まります。もち米は、アミロース0%で、粘りが最高となります。一般的な日本のお米は17%〜24%ぐらいのアミロースが入っています。「コシヒカリ」のアミロースは17%で、お米だけを食べる場合は、適度なモッチリ感を日本人は好みます。アミロースの数値が上がるほど、食感としてはパサパサに感じられていきます。
 ご飯の「硬さ」に影響を与えるもう一つの指標がタンパク質の量です。タンパク質含有量が低いほど、ご飯が柔らかくなります。しかし、低すぎてもよくないとされ、おいしいと感じる下限は5.5%で、6.0%前後がおいしいとされています。標準米とされる「日本晴」は7.4%。「コシヒカリ」関東産は、6.5%。「コシヒカリ」魚沼産は5.8%です。(このタンパク量は、品種によって決まっているのではなく、肥料を与える量など栽培方法によっても変化します。)
 北海道産の米は、タンパク質(7.8%−8.6%)とアミロース(24%)の値がいずれも高く、このためおいしくないといわれてきました。

◆ついに誕生、北海道産ブランド米「きらら397」。続いた「ほしのゆめ」と「ななつぼし
 昭和50年代から、北海道におけるおいしいコメの品種改良が本格的に目標として掲げられました。そして昭和55年に交配された組み合わせの一つが、「しまひかり(コシヒカリを祖父母に持ち味はよいが、耐冷性にかける)」と「キタアケ(味は悪いが、耐冷性に強い早生種。典型的な北海道米)」の交配でした。ここから8年の長い選別、固定過程を経て、平成元年秋から販売されたのが、「きらら397」でした。(アミロース値19%、タンパク値6.8%)「きらら397」は、初めての北海道のブランド米となり、冷害に強く、しかもおいしい味のコメでした。このコメは、粘り気が少ない分、丼もののご飯に適していることがわかり、大手の牛丼チェーンではほとんどが採用するほどの人気となりました。「きらら397」に続いて、平成9年には「あきたこまち」系の「ほしのゆめ」、平成14年には「ひとめぼれ」系の「ななつぼし」が発表され、この3品種が、現在の北海道産米の主要品目になっています。


◆そして「コシヒカリ」にせまる「おぼろづき」
 おいしいコメへの品種改良は、従来の品種に突然変異*2を起こさせることによって、アミロースの割合を低くする方向にも向けられました。全国初の低アミロース米となった「彩」が平成3年に発表されます。これ以外にも、「はなぶさ」、「あやひめ」などの低アミロース米が開発されますが、いずれもアミロース値が10%を少し超える程度の値にまで下がってしまい、粘り気が強すぎて単独で食べるには向かないコメになってしまいました。このためこれらの低アミロース米は、ブレンド米として利用されています。

 しかしこの低アミロース米系統に、「きらら397」から培養変異を起こした「95晩37」と呼ばれる品種があり、これと「空育150号」が平成7年に交配されました。そして、それから8年の育種期間を経て誕生したのが、「おぼろづき」(アミロース値14%、タンパク質値7.3%)なのです。アミロース値が「コシヒカリ」の17%に近づき、ついに「コシヒカリ」と並ぶ味の評価を受けるまでになりました。


◆美味しい北海道産米を食べよう!
 こうして北海道におけるコメの育種の流れを見てくると、まさにコメの育種は、速い馬を作るサラブレッドの育種と重なってきます。苦労に苦労を重ねて、冷害に対する強さと、おいしさの両方を獲得してきたサラブレッド米たち。しかし、その成果は、北海道内であまり認識されていないようです。道内の総米消費量の内、道内産米の割合は2004年の統計で60%にしか過ぎません。山形県の100%にははるか及ばず、主要な他府県の平均80%にも20%の開きがあります。これまでの美味しくなかった北海道産米のイメージから抜け出せていないのは、他ならぬ地元住民の私たちかもしれません。さあ、まだ食べていない方は、美味しい「おぼろづき」を味わってみませんか。

(文・写真・図 : 中村滋

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
【住所】
北海道札幌市豊平区羊ヶ丘1
TEL/011-857-9260 FAX/ 011-859-2178
「見学を希望される団体は、事前に日時・人数・目的等をお知らせ下さい。」とのことなので、上記センターまで、お問い合わせください。また、毎年夏に一般公開日が設定されています。詳しくは、http://ss.cryo.affrc.go.jp/まで。
【アクセス】
●札幌駅から中央バスを利用(乗り場は東急百貨店前)
○バス停「農業研究センター」下車(約45分)+徒歩1分 利用路線??74番
○バス停「日糧パン」下車(約40分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88番
●地下鉄(東豊線福住駅から中央バスを利用
○バス停「農業研究センター」下車(約10分)+徒歩1分 利用路線??74番
○バス停「日糧パン」下車(約5分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88、福85・86・87・88、平50、真104番
○タクシーを利用(約10分)
○徒歩(約35分)


【参考文献】

  1. 元井麻里子・嶋田直純・片岡麻衣子、『うまいぞ!道産米 躍進の秘密を追う』、北海道新聞企画連載記事、2006年10月31日−11月6日
  2. 中條学、『ブランド米登場 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年8月30日・9月1日
  3. 桜井考二、『おぼろづき 道優良品種に 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年2月15−16日
  4. 第7回道南農業新技術発表会 発表資料、『良食味水稲新品種「北海292号(おぼろづき)』、北海道農業センター稲育種研究室、2005
  5. 足立紀尚、『牛丼を変えたコメ−北海道「きらら397」の挑戦−』、新潮選書082、2004
  6. 石谷孝佑編、『米の事典−稲作からゲノムまで−』、幸書房、2002
  7. 大内力・佐伯尚美編、『日本の米を考える3 米生産の試練と未来像』、家の光協会、1995

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*1:交配した1粒の種には、両親からの様々な性質が、2つの遺伝子がペアになった形(2倍体)で継承されます。たとえば、父親(花粉:1倍体)の中に、A遺伝子(望ましい性質:寒冷に強い)が入っていて、母親(卵細胞:1倍体)の中に、a遺伝子(望ましくない性質:寒冷に弱い)が入っていて交配したとしましょう。すると、新しくできた種(2倍体)には、Aa遺伝子が入ることになります。このAaという異なる遺伝子が組み合わさった状態をヘテロ接合体といいます。このときA遺伝子が優性で、a遺伝子が劣性だった場合、Aaの組み合わせでは、A遺伝子の性質が発現します。しかし、Aaというヘテロ接合体では、その次の世代になると、1/4の確率でaaという組み合わせが生まれてしまい、A遺伝子とは異なる性質が発現してしまうのです(これに関するわかりやすい説明図が、「ねぎぼうずの咲くところ 〜丘珠の玉ねぎ畑〜」 d:id:costep_webteam:20060812 にあります)。これでは、同じ種をまいても、バラバラな性質が出てしまうので育種の観点からは望ましくありません。そこでAaというヘテロ接合体の状態から、数世代自家受粉(自分のおしべの花粉を自分のめしべに受粉すること)を繰り返すと、AAという遺伝子の組み合わせの種を作り出すことができるのです。AAという同じ遺伝子が組み合わさった状態の事をホモ接合体といいます。ホモ接合体になれば、自家受粉を行う限り、世代を重ねても、A遺伝子の性質しか発現しません。望ましい性質を、ヘテロ接合体からホモ接合体によって発現するようにすること。これが「固定」です。

*2:突然変異育種法のやり方としては、放射線や薬剤等の突然変異誘発源処理を行う方法と、組織培養時などに起こる突然変異を利用する方法などがあります。例えば低アミロース米の「ミルキークイーン」は、イネの開花後25時間目に、穂をMNU水溶液(N-メチル-N-ニトロソウレア)という薬品にひたすことで、イネの根や葉のもとになる胚のWx遺伝子に突然変異がおき、アミロース含量が少ないコメが作られました。