明治の薫りが漂う空間 〜豊平館(中島公園内)〜


花火大会や、さっぽろまつりの夜店などで訪れることの多い中島公園。久しぶりにゆっくりと散策してみました。ボートの浮かぶ池や藤棚を抜けていくと、白とウルトラマリンブルーの鮮やかな洋館が見えてきます。これが豊平館です。豊平館は、明治13年に現在の市民会館付近(札幌市中央区北1条西1丁目)に完成した明治初期の代表的な木造洋風建築で、当時はホテルとして使われていました。そして昭和33年に現在の場所に移されました。しかし老朽化が進み、昭和57年から5ヵ年計画で修復工事が行われて、現在のような建築当時の姿に復元されました。
豊平館全景 2006/7/30 撮影)

   
一歩中に入ると、そこは明治文化の薫りが漂う空間です。白い壁、磨き上げられた茶色の光沢を放つ漆塗の柱や階段、そして赤い西陣織のカーテンと絨毯が目に飛び込んできます。誘われるように二階に上がり、広間を覗いてみました。ここは、建築当時ダンスホールとして造られました。有名な鹿鳴館が造られる二年も前のことです。
シャンデリアは彫刻の施された丸い天井飾り(メダリオン)に吊り下げられており、また大きな鏡の下には、大理石のように見える暖炉(マントルピース)があります。ところが、この二つは、日本の伝統的な建築技術である漆喰(しっくい)によって作られています。
(二階広間 2006/8/3 撮影)



【漆喰って何?】
漆喰の主な材料は、「消石灰」と「糊」、そして「すさ」と呼ばれる繊維を短く裁断したものです。*1これらを混ぜてペースト状にしたものが漆喰です。これを、こてを使って押さえるようにして塗っていきます。わかりやすいものとしては、蔵や城の壁があります。色のイメージとしては、白が一般的かもしれません。


消石灰はもともと鍾乳洞などで知られる石灰石から作られます。消石灰は漆喰という形で長い年月を経ると、どのように変化していくのでしょうか。それをちょっと化学反応式で見てみましょう。

CaCO3CaO+CO2 (高温分解)
石灰石 生石灰
CaO+H2O→Ca(OH)2(水を加える)
生石灰    消石灰
Ca(OH)2+CO2→CaCO3+H2O↑(出来た水は自然に蒸発する)
消石灰       石灰石

つまり、石灰石(CaCO3)から作られた消石灰(Ca(OH)2)は、長い年月の間に空気中の二酸化炭素(CO2)と反応して石灰石( CaCO3 )に再び変化し、少しずつ硬化していきます。まさに究極のリサイクルですね。また漆喰は、主材料が無機質・強アルカリ性消石灰であることから、硬化性、不燃性、防火性、防カビ性、抗菌性、などの長所を持ちます。



メダリオンマントルピース】
天井のメダリオンは、全ての模様が異なり、各部屋の植物の名前にちなんだ飾りになっています。ロビーやホールのものは特に大きく、彫刻の細かさや華やかさは圧巻です。

メダリオンの写真/ 左:一階ロビーの「波に千鳥」、右:二階ホールの「鳳凰」 2006/8/3撮影)


またマントルピースは、全部で6基あります。天板は大理石*2でできていますが、その周辺は漆喰で作られています。近づいてみると、色が似ているだけではなく、大理石によく見られるマーブル模様まで模倣されていていることがわかります。しかも、非常にボリューム感もあり、天板に使用されている本物がなければ、大理石と見間違えてしまいそうです。ここに漆喰が利用されたのは不燃性、防火性という特徴のためでしょう。

マントルピース全容とその一部2006/8/3 撮影)


【明治時代から現在まで】
明治時代に入り、西洋館が近代化の象徴として、全国各地に建てられました。しかし、全ての建物を外国人技師が、手がけることは不可能です。そのため、多くの日本人の大工や棟梁たちが、和風建築の高い技術を利用して新しい建築物を作っていったのです。そこで利用されたのが、漆喰彫刻といわれるものです。このように職人の高い技術と優れた性質によって受け継がれてきた漆喰ですが、時代の流れのなかで、職人も減り、手間もかかるので敬遠されてきました。しかし、最近は効率重視の建築材の人体に及ぼす悪影響(シックハウスなど)が問題となり、改めて漆喰が脚光を浴びつつあります。


【新しい人生の門出に】
豊平館は、昭和33年に現在の中島公園内に移築されると同時に、市営結婚式場として利用されることになりました。移築6年後には、国の重要文化財に指定されました。国内の重要文化財で、他に結婚式場に使用されているものはありません。実は筆者は、かつてここで挙式を行い、新しい生活をスタートさせました。二階奥の挙式場前には、これまで挙式をあげた方々全員が署名した「豊平館記念帳」が、収められている棚があります。職員の方にお願いして記念帳を出していただきました。そこには、筆者が記した懐かしい旧姓の自分の名前がありました。ずいぶん前のことで、記帳したことさえ忘れていました。しかし、いつもよりも強く力のこもった自分の文字を見ていると、当時のいろいろなことが思い出されました。

豊平館記念帳の写真 2006/8/3撮影)


もう一度館内を歩いてみました。建築当時の職人たち、その後多方面でかかわった多くの人々、そしてここで挙式を行ったたくさんの人々の思いを、120年の時の中でメダリオンマントルピースなどが、柔らかい眼差しで見守ってくれているような気がしました。


(文、写真: かみむらあきこ)

            閲覧時間:午前9時〜午後5時

  • 【参考資料】   

       -豊平館(しおり)   (社)札幌市友会 編
       -豊平館(しおり)    札幌市  編集
       -棟梁たちの西洋館    中央公論新社



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*1:消石灰」は漆喰の主材料で、グランドのライン引きの白い粉も同じ仲間です。「糊」は粘度を持たせ、作業のしやすさと乾燥後の固着を目的としています。そして「すさ」は、塗り作業時の材料の落下と乾燥後の収縮や亀裂を防ぎます。

*2:大理石は石灰石が熱や圧力によって変成されたものです。大理石という名前は、中国雲南省採石場である「大理」地区にちなんでいます。