海からのおくりもの カムイチェプ 〜琴似発寒川〜
日本の食卓になくてはならない食材、また、古くから北海道を代表する食べ物、それは、サケでしょうか。現在、日本の食料事情の中で、自給率の高い貴重な蛋白源でもあります。
サケをアイヌ語では、神【カムイ】の魚【チェプ】といいます。毎年群れを成して遡上してくるサケをアイヌの人々は、テシという柵を用いて漁をし、食料としてきました。日本人とサケ漁の歴史は、江戸時代の文献にも記され、最も古いものでは、約4000年前から漁の遺跡*1が見つかっています。
都市化が進んだ札幌で身近にサケの遡上をウォッチングできるスポットがあります。
ツインキャップというスポーツ施設のある農試公園横を流れる琴似発寒川です。
- ツインキャップ (撮影:2005/12/09)
- 農試公園横の琴似発寒川魚道 (撮影:2005/10/26)
サケの遡上は10月から11月がもっとも多く見られます。
7〜8月以外は、親ザケ、卵、仔魚、稚魚のいずれかの形でサケは、この川に住んでいるのです。
- 農試公園橋をはさんで下流 (撮影:2005/11/14)
春から夏に日本から出たサケは、オホーツク海を経て、太平洋、ベーリング海、アラスカ湾の海から再度ベーリング海と回遊*2し、早いもので2年、遅いもので8年ぐらいかかって、生まれた川に戻ってきます。多くのサケは、7000キロもの旅をして戻ってくるのです。
- 産卵を終えたサケたち (撮影:2005/11/14)
1匹のサケが産む卵は、およそ3000個。多くが他の魚のえさとなり、また稚魚が親サケになって、日本の沿岸や母川*3に戻ってこれるのは増殖によるものをふくめても4〜6%(沿岸回帰率)です。
回遊する大洋で鯨やサメに食べられることもなく戻れたサケは、勝者なのです。
- 卵を守るメスザケ (撮影:2005/11/14)
サケが海に出た後、外洋を回遊することは知られていますが、全生活史においてまだ不明な点が少なくありません。
サケの生まれ故郷に戻る母川回帰行動の科学的研究が行われています。その中で、稚魚の時点で母川の母川臭の刷り込みが後天的におこなわれること。その刷り込みは2日以内もしくは、数時間で行われることがわかってきました。
サケが海にでて、大洋からいつ母川に帰ろうと決定するかについては、いろいろなホルモン*4の働きによるものと考えられています。また、海洋に渡ったサケが大きくなるのは、豊富なえさやプランクトンのせいばかりでなく飲み込んだ塩類を排出するために、成長ホルモン*5の働きが活発になるからなのです。
サケ科魚類と判定される化石が2700万年の地層から見つかっています。サケの仲間の特徴は、形では、背びれの後方にあぶらびれがある点の他*6、分布では、冷水性の魚で北半球にしかいません。そして、独特の繁殖形態*7をもっています。
世界にサケ科の仲間は、約70種いるといわれています。そのなかで主なものは、カラフトマス、シロザケ、ベニサケ、ニジマス、イトウ他*8があります。サケ属が、このように分化したのは、1000〜数百万年前とされています。度重なる氷河期と間氷期の環境の変化にそれぞれ適応するようさまざまな種に変化したのです。そして、長い時月、サケは、果てしない海洋の旅を繰り返してきたのです。その間、サケは母なる川の自然の生き物の命をつなぎつづけ、また、時を経て私たちの生活や文化の中に溶け込んでいったのです。
- 遡上するシロザケをつかまえるカモメ (撮影:2005/10/26)
- 師走でにぎわう場外市場 (撮影:2005/12/18)
(文・撮影:北守敦子)
【住所】
- 札幌市西区八軒4条西6
【アクセス方法】
【参考資料】
- 『サケ・マス魚類のわかる本 (ヤマケイFF“CLASS”シリーズ)』 井田斉, 奥山文弥 山と渓谷社 2000
- 『最新のサケ学 (ベルソーブックス)』 帰山雅秀, 日本水産学会 成山堂書店 2002
- 『魚貝の図鑑―Wide color (小学館の学習百科図鑑 (3))』 末広恭雄, 阿部宗明 小学館 2000
- nichiro サーモンミュージアム (web)
- 石狩ファイル 石狩紅葉山49号遺跡 (web)
- 北海道人 神になった魚―カムイチェプ (web)
- 札幌市サケ科学館 サケの仲間(サケ科魚類)の形の特徴 (pdf)
- 全漁連 コラム 浜の四季 羅臼のサケ (web)
【取材協力】
*1:【サケ漁の遺跡】石狩紅葉山49号遺跡
*2:【回遊】動物の示す定期的で(昼・夜・季節)、方向性の定まった(上層・下層、上流・下流、南北)移動をいう。この場合の狭義では、えさの獲得のため大海を移動することをさす。
*3:【母川】サケが生まれた川
*4:【サケの行動とホルモン】稚魚が海に出るのは、水温の変化などの刺激が、甲状腺ホルモンの上昇を促し定着性→移動性に行動を変化させるため。成長すると生殖腺刺激ホルモンの影響で成熟し産卵準備に、安全な母川戻ろうとする行動が起きる。また産卵行動には、エンドルフィンが分泌される。
*5:【ホルモンによる浸透圧調整】川にいる時も海にいる時も魚の体液の濃度はほぼ同じである。川の魚は、皮膚から体のに進入する水分を尿として出し、川の水の塩類をえらから取り込む。海では、周りの海水に奪われる水分を海水を飲むことによって取り入れる。とりすぎた塩類は、えらや消化器官から吐き出す。これらの浸透圧の変化に対応するよう淡水域では、脳下垂体の端葉部からプロラクチンというホルモンが、海水域では、脳下垂体中葉部から成長ホルモン分泌されている。
*6:【サケの仲間の特徴】腹びれはえら穴よりずっと後方にあり、その付け根には腋麟という3角形の突起があります。海や川両方に住むことができ、淡水で一生終わるものでは小型です。
*7:【サケ独特の繁殖形態】母川回帰、淡水で繁殖する、卵を埋める、卵が大きい、卵黄を吸収し終わるまでの期間が長い。
*8:【サケ科の仲間】マスノスケ、ギンザケ、サクラマス、カットスロート、ブラウンマス、タイセイヨウサケ、オショロコマ、アメマス、イワナ、レイクチャー