さよなら、「ガスタンク」 〜北海道ガス 工場跡地〜



【なくなった大きなタンク】

JR札幌駅から東へ向かう列車に乗ると、発車してほどなく右手に大きな黄緑色のタンクが見えてきます。札幌へ戻るときは、車窓にこのタンクが見えると札幌駅が近づいたことがわかります。子供のころから何度も見ていて、列車の旅といえば必ず思い出される風景でした。


  • JRの車窓から見た風景。矢印のあたりにタンクがあった(2007/3/9撮影)


ところが、このタンクがいつの間にかなくなっていることに気がつきました。タンクを所有・管理していた北海道ガス株式会社にお聞きしたところ、2006年に取り壊され、現在は北広島、石狩、大谷地に同様のタンクがあるということです。


【球形高圧ガスホルダー】

この「タンク」は「球形高圧ガスホルダー」と呼ばれるもので、中には圧縮されたガスが入っています。球体は全体に均等に圧力がかかるため高圧に耐えることができ、もっとも安全にガスを貯蔵できる形といえます。現在、北広島*1に2基あるガスホルダーは内径が18m、容量が64,000立方メートルの大きなものです。1平方メートルあたり80kgの力で引っ張られても大丈夫な鋼(はがね)*2の板で造られており、最大で標準大気圧の20倍近い1.95MPa*3の圧力に耐えることができます*4


  • 北広島供給所のガスホルダー(北海道ガス株式会社資料より)


【都市ガスの変遷】

供給施設から、地域の家庭や事業所にガス管で届けられるガスを「都市ガス」といいます。
かつてJRの線路脇に見えていたガスホルダーは、同じ敷地内にある工場で製造された都市ガスを溜めておくためのものでした。この工場は大正元年に操業を始め、約90年間札幌に都市ガスを供給してきました。最初は石炭を原料とする「石炭ガス」、その後は石油やLPG(液化石油ガス)を原料とする「石油改質ガス」*5が供給されました。しかし、1990年代から「天然ガス」への転換が進められたため、新たなガスホルダーが北広島、石狩、大谷地に建設されました。


天然ガスとは】

天然ガスは、油田地帯やガス田地帯から産出する、メタン(CH4)を主成分とする無色透明の可燃性ガスです。硫黄分をほとんど含まないため、燃やしても硫黄酸化物(SO*6が発生しません。窒素酸化物(NOx*7二酸化炭素(CO2)の発生量も少ないことが知られています。また、人体に有害な一酸化炭素(CO)を含まず、空気より比重が軽くて上方に溜まることから、従来のガスよりも安全に使うことができますし、発熱量も約2倍と高カロリーです。


  • 石炭、石油、天然ガスを燃焼したときに排出される酸化物の量

(IEAおよび日本エネルギー経済研究所資料より)


天然ガスの可能性】

いま、環境に負荷のかからない「新エネルギー」*8が求められています。中でも、「クリーンエネルギー自動車」の一つ、天然ガスを燃料とする「天然ガス自動車」はすでに実用化されており、NOxやCO2の排出量が少ない低公害車として、北海道内で2005年8月末現在、1,006台が走っています。
また、天然ガスを燃焼させて発電すると同時に廃熱を利用して給湯や冷暖房を行う、「天然ガスコージェネレーションシステム」はエネルギー効率の高いシステムとして利用が広がっています(「謎の空中工場〜JRタワー〜」をご覧下さい)。さらに、天然ガスの主成分であるメタンから水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて電気を得る燃料電池も開発されています。ホテルや病院、家庭では、燃料電池を使っての発電が可能ですし、自動車に搭載すれば排気ガスを出さないクリーンカーになります。


【北海道産の天然ガス

日本人が一人当たり一日に使用する天然ガスは、平均1.7立方メートル*9と言われています。国内には17箇所の天然ガス田がありますが、2005年度には全供給量の96.3%を海外から輸入しています*10

ところが、札幌、小樽、千歳では国産の、それも北海道産の天然ガスが供給されているのです。苫小牧市勇払地区にガス田があり、約200億立方メートル以上の埋蔵量が確認されています。ここで生産される天然ガスは、パイプラインを使って北広島供給所に運ばれます。供給所では付臭剤を加えてガスに臭いをつけ*11、圧力を調節して家庭、事業所に送り出します。



【役目を終えて】

札幌地区に供給されるガスがすべて天然ガスに切り替わった2005年6月に、線路脇のガス工場は操業を止め、ガスホルダーも役目を終えました。
翌2006年、ガスホルダーは重機でつり上げられ、小さく切断されて運び出されました。ガスの製造に長く携わってきた社員の方々には我が身を切られるような光景だったとのことです。

工場跡地には大正時代につくられた赤煉瓦の建物と、わずかに工場やタンクの基礎が残っています。隣接する北海道ガス社屋の屋上からは、サッポロファクトリーサッポロビール園などの歴史ある建物とともに、日本ハムファイターズの室内練習場や新しいショッピングセンターが見えました。

この後、ここには何が造られるのでしょうか。大正時代から続いたガス工場の風景が変わるとき、私たちの「旅の風景」もまた、新しいものになるのでしょう。


  • 北海道ガス社屋の屋上から見た工場跡地。後方にJRの高架が見える 

(左)建物周囲にガスホルダーがあった (右)工場の基礎部分(2007/3/22撮影)


(文・写真・図 原林 滋子)

【アクセス】
北海道ガス株式会社 
北4条社屋(工場跡地) 札幌市中央区北4条東5丁目373番地

※虫眼鏡をクリックすると、解体される前の工場、ガスホルダーが航空写真で見られます(2007/3/27)


北広島供給所  北広島市大曲760番地


【参考資料・リンク】

  1. クリーンエネルギー 天然ガス 北海道ガス株式会社
  2. 北広島供給所 北海道ガス株式会社
  3. 独立行政法人 環境再生保全機構 「あおぞら探検クラブ」
  4. 省エネ塾

【取材協力】
北海道ガス株式会社 
  広報グループ 成田様、矢野様
  輸送ネットワーク管理部 佐藤様
  生産技術部 伊藤様  ありがとうございました。


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*1:北海道ガス株式会社 北広島供給所

*2:鋼とは、鉄に炭素、ケイ素、マンガンなどを加えた合金。炭素を含むことで鉄単体よりも硬さが増す。

*3:Paは圧力を表す単位。1気圧(標準大気圧)=0.101325MPa

*4:10年に1度、中のガスを抜いて全体に破損、割れなどがないかを人力で点検するとのこと。

*5:主成分はプロパン(C3H8)、ブタン(C4H10)。

*6:石炭や石油など、硫黄分を含む化石燃料を燃やしたときに発生する。ぜんそくや、酸性雨の原因となる。

*7:ものが高温で燃えたとき、空気中の窒素と酸素が結びついてできる。光化学スモッグ酸性雨の原因となる。

*8:現在、主なエネルギー資源として使われている化石燃料原子力に対して、新しく発見されたり、技術の進歩によって見直されるようになったエネルギー資源で、資源エネルギー庁が定義しているもの。太陽、風力発電、廃棄物、バイオマスを用いた発電、クリーンエネルギー自動車、天然ガスコージェネレーションなど。

*9:独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構より。 家庭での使用の他、発電にも使われる。

*10:天然ガスは-162℃に冷却すると、気体から液体(LNG液化天然ガス)になり、体積は600分の1にまで減少する。タンカーで運ばれたLNGは、国内で再び気化させて供給される。

*11:天然ガスは無臭なので、万が一漏れたときに気がつくよう、ガス独特の、タマネギの腐ったような臭いを付ける。ガスが空気中に1/1000混入したときに感知できる程度の濃度。

謎いっぱいの地底世界「根圏」 〜北大第一農場〜


◆第一農場にある、コンクリートで区切られた珍しい畑

 北海道大学の札幌キャンパスには、夏の間、たくさんの観光客が訪れます。クラーク博士の像を見た後で、次に向かうのが、ポプラ並木です。数年前の台風でかなりの被害を受けましたが、それでも、多くの観光客がポプラ並木を背に写真を撮ります。そのポプラ並木がある場所が、北海道大学の第一農場です。


写真 創成科学共同研究機構 星野洋一郎先生撮影


 一般の方にはほとんど知られていませんが、この第一農場には、大変珍しい貴重な畑があります。家庭菜園ほどの大きさですが、土が混じり合わないようにコンクリートでいくつかの区画に分画されています。


写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供


 この畑を上から見ると、こうなっています。畑の区画を説明するラベルには、−(マイナス)Nとか、−(マイナス)Pとか書いてありますが、これは何を意味するのでしょう?


写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供


 Nは元素記号の窒素のことで、Pはリンのことです。Kはカリウム、Sはイオウ。しかし−(マイナス)が前に付いています。Fert.は、Fertilizationの略号で、畑に肥料をやることを意味します。
 実は、この畑は、区画によって与える肥料の種類を変えているのです。


◆植物の成長に必要な養分は何か?−腐植栄養説から無機栄養説へ−
 19世紀に、植物の養分は何なのか?という大論争が起こりました。
 古代から18世紀末まで、植物についての科学ができる前に、人々が信じていたことは、植物は、根から生物の死骸や落葉を分解した有機物を吸収することによって生育するという考え方でした。これを、腐植栄養説といいます。
 この説に基づいてテーヤというドイツ人が、多量の堆肥(たいひ:落葉やわらを腐らせてつくったもの)や厩肥(きゅうひ:家畜の糞尿を腐らせたもの)を作り、それらを農地に入れることによって、当時としては驚くべき生産量の向上を実現させました。この成功により、当時の人々は腐植栄養説を信じて疑わなかったのです。

 そんな時流の中、1840年にドイツの化学者であったリービッヒが、腐植栄養説を否定し、無機栄養説(植物は、養分として有機物だけでなく無機物も吸収できる)を提唱します*1。リービッヒは、19世紀に入って解り始めた光合成の仕組み(植物は、二酸化炭素と水から有機物を作り出せる)や、それまでに研究されていた研究文献を丹念に調べることから、当時の常識をくつがえす無機栄養説に至ったのです。
 このリービッヒの説が元になって、現在に至る化学肥料の発達がはじまりました。


◆植物の3大栄養素 −N(窒素)、P(リン)、K(カリウム)−
 現在では、植物の生育に必要な元素は17種類といわれています。このうちの3つ、炭素(C)と酸素(O)と水素(H)は、水や空気中(空気中には窒素分子(N2)も存在しますが、窒素分子のまま取り込んでも、植物は生体内で窒素原子を利用することができません。)から得られますので、残りの14種類を主に根から吸収しなければなりません。14種類は、多量必須元素*2と微量必須元素*3の2種類に分けられます。多量必須元素の中で、土壌に不足しがちで、肥料として大量に補う必要のある元素が、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)の3つです。この3つが、植物の3大栄養素と呼ばれています。
 窒素(N)は、酵素をつくるタンパク質の材料として必要ですし、成長のための細胞分裂にも必要です。特に葉の成長に関わっているので、「葉肥(はごえ)」ともいわれます。
 リン(P)はリン酸(P2O5)の形で取り込まれます。遺伝子をつくるDNAの材料として欠かせません。また、花の開花や、実の結実に関わるので、「実肥(みごえ)」ともいわれます。
 カリウム(K)(肥料としていう場合はカリと呼ばれます)は、細胞の浸透圧や蒸散作用を調節します。特に根の成長に関係するので、「根肥(ねごえ)」ともいわれます。


◆農学における近代的実証試験法−圃場(ほじょう)試験−
 さて、無機栄養説にたどりついたリービッヒは、その後の肥料の発展に対して、大きな進歩をもたらしたのですが、一方、現在の科学から見ると誤っていることも主張しました。それが窒素に関することです。「植物は、空気中のアンモニアを吸収してタンパク質を合成できるから、窒素肥料は必要ない」とリービッヒは言いました。

 この主張の誤りを明らかにしたのが、イギリス人のローズとギルバートという二人です。この二人は、1843年から小麦やカブなどを使った圃場(ほじょう)試験を始めました。圃場とは、作物を栽培する田畑のことです。
 彼らは、圃場を小さな区画に分けて、肥料をやらない区画や、厩肥(きゅうひ)と窒素とリン酸とカリウムの混合割合を様々に組み合わせた肥料区を複数区画作って、その効果を調べる試験を長期間にわたって行いました。彼らの圃場試験場は、農学の世界では大変有名なローザムステッド農業試験場へと発展し、この方法によって、ローズとギルバートは、植物にとって窒素も肥料として必要なことを明らかにしたのです。この二人が始めて以降、圃場試験は、農業における最も重要な実証的試験方法になりました。


◆世界的な歴史を持つ圃場試験場
 北海道大学の第一農場にあるコンクリートで区切られた畑は、このローザムステッド農業試験場の流れを汲む圃場試験場です。


写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供(先ほどの写真を再掲)


 −(マイナス)P、−(マイナス)N、−(マイナス)K、−(マイナス)Sと書かれた区画は、それぞれの元素を肥料として与えない区画です。−(マイナス)Fert.は、一切の肥料を与えていません。そのかわりにCont.(連続の意味)とかかれた場所では、継続して化学肥料が与え続けられています。

 特筆すべきは、その期間の長さです。1914年に圃場の管理がはじまってから、現在まで90年を超えているのです。世界でも3番目か4番目に古い圃場試験場だそうです。

 90年以上も、植物の3大栄養素を入れずに栽培する畑でどういう研究が行われているのでしょうか?

 これらの区画を使って実験を行っている創成科学共同研究機構・流動研究部門 未踏系 (大学院農学院 兼任)助教授の信濃卓郎先生に伺いました。
 「特定の養分が不足している土壌を用いた植物の生理的な研究に使っています。世界的にはそういう問題土壌も多いですし、その他にも実際に土壌を利用した特定の養分に対する植物の応答機構を解析する研究や微生物の研究に利用しています。植える作物は年によってかわります。」とのことでした。


◆「窒素固定」ができるマメ科植物
 さて、圃場試験によって、窒素が植物にとって必要な肥料であることがわかりましたが、リービッヒが間違ったのには、それなりの理由がありました。リービッヒは、アルカリとリン酸を施した牧草地では、土中の窒素が増加することを知っていました。またハンガリーの畑やオランダの牧草地の中では、窒素肥料を与えなくても肥沃度が落ちないことがあることも知っていました。これらのことからリービッヒは、<すべての植物>が<空気中のアンモニアを吸収して>窒素源にしているという考えに至ったというのです。

 リービッヒは、大変重要な現象に気がつきながら、科学的には間違った結論を導いてしまいました。過度の一般化をすることでリービッヒが間違ったのは、<すべての植物>と<空気中のアンモニアを吸収する>という2点です。
 当時の牧草地ではクローバーなどのマメ科の植物が植えられることがよく行われていました。正解は<すべての植物>ではなくて、<マメ科の植物>だったのです。
 マメ科の植物は、<空気中の窒素分子を取り込んで、アンモニアに合成する>ことで、利用可能な窒素原子を植物体内に取り込むことができます。このためマメ科植物は、窒素肥料がなくても、育つことができます。
 このように空気中の窒素を植物が利用できるアンモニアに変換することを「窒素固定」と言います。


マメ科植物は根粒菌と共生する −共生のメカニズム−
 しかし、マメ科の植物は、この窒素固定を自分自身で行っているのではありません。実は、マメ科の植物は、根粒菌という微生物と共生関係を結びます。光合成による栄養分を根粒菌に与える代わりに、根粒菌が窒素固定したアンモニアをもらうのです。驚くべきことに、根粒菌は、自分だけでいるときには窒素固定をしません。マメ科植物と共生したときのみ、窒素固定を行います。

 マメ科植物の根と根粒菌の関係は、分子・遺伝子レベルでの大まかな仕組みが明らかになっています。

  1. まず、マメ科の植物の根がフラボノイドという誘引物質を出して、根粒菌を引き寄せます。
  2. すると、根粒菌はフラボノイドを取り込んで、自らの遺伝子に作用させ、Nodファクターと呼ばれる物質を作り出します。
  3. このNodファクターがマメ科植物の根に作用して、感染糸という根粒菌の通り道を作り、それが根粒菌を住まわせる場所に導きます。
  4. 根粒菌が根の中に入ると、ホルモンが出て根の一部が丸くなります。これが根粒です。根粒は、根の途中にいくつかあって、5mmぐらいの大きさでぷくっと丸く膨らんだ形をしています。


大豆(品種名「エンレイ」)の根粒写真:農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)高橋幹先生撮影


 話はさらに続きます。根粒の中に入った根粒菌が窒素固定をするには、実は酸素濃度が高いと都合が悪いのです。窒素分子をアンモニアに変換する酵素は、ニトロゲナーゼといいますが、高濃度の酸素があると、ニトロゲナーゼがうまく働きません。このためマメ科の植物はレグヘモグロビンという酸素と親和性の高い物質で根粒菌を囲むことによって、内側の根粒菌付近の酸素濃度を低くします。こうしてニトロゲナーゼの環境を整えてあげて、ようやく窒素固定が行われます。


◆謎に満ち溢れる地底世界−根圏−
 根粒菌のように土の中にはたくさんの微生物が存在します。土1gの中に存在する微生物数は、107から109と見積もられています。種類で言うと約4000種類もいるといわれており、このうち詳細に調べられているのは、わずかに1%程度です。土壌中の細菌は培養することがとても難しいのです。例えば、絶対共生菌といわれる種類は、共生環境でしか生きられないので、菌だけを独立して培養することができません。
 また病気に関係する菌はよく調べられていますが、役に立つ菌は、これまであまり研究の光があたってきませんでした。大量の化学肥料を撒けば、微生物の力を借りなくても、植物は養分を取り込むことができるからです。
 さらに根は、土や微生物に対して、フラボノイドのような様々な化合物を出しています。その数200種類ぐらいと言われていますが、どのような物質なのかわかっているのは、ごく一部にしかすぎません。
 こうした微生物と根との物質がやり取りされるのは、根からわずか0.1〜1mmの範囲の領域で、この領域のことを「根圏」*4といいます。根圏は、様々な謎に満ち溢れている地底世界なのです。
 植物の根が分泌する化合物の他に、人間が古くなった皮膚細胞をアカにして捨てるように、根はそのまわりに、不要になった細胞を脱落させます。その量は合わせて光合成で養分に代えた炭素の量の10%から40%にもなるともいわれており、微生物にとっては、願ってもない食環境になっています。しかし、根が水分や養分を取り込むので、それらが不足しがちな領域でもあります。そんな環境の中で、植物の根と微生物たちは、共存したり、敵対したりしながら、一生懸命生きているのです。
 根圏エリアの理解が進むと、肥料の与え方や、それをどのように植物の根が取り込んでいるかなどがより精密にわかってきます。そうすると、今よりももっと環境にやさしい農業ができる可能性が出てきます。


図 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供*5


 北大農場の分画された畑を見ながら、地上には見えていない、根とその周りの根圏について思いをめぐらせるのもよいかもしれません。考えてみれば、根圏は、陸上における食物連鎖の一番最初の入り口の一つになっているということができます。私たちの食生活の重要な部分はここから始まっていると言っても過言ではないのです。思い出されるのはサン・テグジュペリの『Le Petit Prince星の王子さま)』の一節です。


「Ce qui est important, ça ne se voit pas...(たいせつなこと、それは目に見えない・・・。)」


(文 : 中村滋


【謝辞】
今回の記事作成にあたり、創成科学共同研究機構の信濃卓郎先生から、写真、図表、情報提供及び取材協力をいただきました。
また、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の高橋幹先生並びに、創成科学共同研究機構の星野洋一郎先生には、写真の提供をいただきました。
御礼申し上げます。

北海道大学 第一農場
(立ち入り禁止区域があり、自由に見学できるわけではありません。)

  • 【住所】

札幌市北区北11条西10丁目周辺
北海道大学構内 農学部、理学部、工学部の西側に広がる地域。ポプラ並木のある場所。

  • 【アクセス】

JR札幌駅から北西へ徒歩15分
地下鉄北12条駅から西へ15分

【参考文献】

  1. 北海道大学創成科学研究機構  Top Runners Café 根と微生物と土が生み出す根圏の解明
  2. 2006年11月2日開催サイエンスカフェ北大de Night Café 第一夜「根」
  3. 『植物栄養学』 森 敏 編 文永堂出版2001
  4. 『細胞工学別冊 植物工学シリーズ8 分子レベルから見た植物の耐病性/第1章1.共生窒素固定と根粒形成のメカニズム』 河内宏著 秀潤社 1997
  5. 『土壌生化学』 木村眞人他 朝倉書店 1994
  6. 『植物栄養・肥料学』 山崎耕宇 他 朝倉書店 1993
  7. 『エコロジカル・ライフ 土のはたらき』 岩田進午 著 家の光協会 1991年
  8. 『科学全書17 土のはなし』 岩田進午 著 1985 大月書店
  9. Le Petit Prince星の王子さま)』 Antoine de Saint-Exupéry(サン・テグジュペリ)著 1943

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*1:誰が最初に無機栄養説を提唱しはじめたのかについては、リービッヒではないという説が最近持ち上がっています。スプリンゲルというドイツの科学者がリービッヒよりも前にほとんど同じ説を論文として発表しており、リービッヒがその後発表した内容に関して撤回するように求めていたことが近年明らかになってきたからです。米国などでは無機栄養説はリービッヒではなくスプリンゲルの業績として記載されるようになってきています。日本の教科書ではまだリービッヒの業績とされています。

*2:多量必須元素は、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)、イオウ(S)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)です。

*3:微量必須元素は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、ホウ素(B)、塩素(Cl)です。

*4:「根圏」は、1904年にヒルトナーという科学者が定義した言葉で、「植物の根が影響を及ぼす土壌領域」という意味です。0.1-1mmと範囲に幅があるのは、土の種類でも変わりますし、植物の種類と根の場所によっても異なるからです。

*5:図中の「土壌病害菌の抑制効果」を示すのは、根から出る化合物の場合もあり、微生物の場合もあり、さらに、植物の分泌物が微生物を制御して、その微生物が他の微生物の抑制効果を発揮している場合もあると考えられています。

鉄筋とコンクリートのいい関係 〜札幌市資料館〜


大通公園の西の端、テレビ塔の正面に札幌市資料館があります。


  • 札幌市資料館の外観 (2007/2/26 撮影)


札幌市資料館は、もともと控訴院(裁判所)として建築された建物です。
現在、裁判所機能は移転し、資料館には札幌市や裁判に関する資料展示室や、
市民が使用できるギャラリーが置かれています。


  • 入り口部分のアーチ。「札幌控訴院」という文字が彫られています。その上には目隠しをした女神像 (2007/2/26 撮影)


この建物には、札幌軟石(軟石記事へリンク)とレンガが使われています。
古い建物のように見えますが、資料館には近代的な建築手法が取り入れられていることをご存知ですか?
実は資料館には、今では当たり前になった「鉄筋コンクリート」が用いられています。
鉄筋コンクリート技術が確立したのは1887年*1のことです。
札幌市資料館が建築されたのは1926年(大正15年)*2
当時の最先端を行く建築手法でした。


■鉄+コンクリートで鉄筋コンクリート


ここで、鉄筋コンクリートにはどのような性質があるのか、そしてなにが利点なのかを考えてみましょう。
コンクリートとは、砂や砂利などをセメントペースト*3で結合させた*4もので、私たちの身の回りの様々な場所で使われています。
コンクリートには「圧縮する力」に強いという長所があり、安定した構造物を作ることができるので、
橋や道路、建築物などに使用されています。


鉄筋コンクリートは、このコンクリートの中に鉄の芯をいれたものです。
鉄の芯を入れると、なにかいいことがあるのでしょうか。


■短所を互いにカバーする関係


万能に思えるコンクリートにも、実は短所があります。
コンクリートは、圧縮されることには強いのですが、「引っ張る力」=引っ張られることには大変弱いです。
もちろん私たちが引っ張っても平気ですが、強い力で引っ張ると、
コンクリートにはひびが入り、しまいには割れてしまいます。
地震のときなどには、縦や横に引っ張る力がはたらきます。
コンクリートだけで橋などを作ってしまうと、地震のときにぼきりと脚が折れてしまう可能性が高くなります。
そこで、引っ張られることに強い「鉄筋」をコンクリートにいれたものが、鉄筋コンクリートです。


鉄筋には、引っ張られても粘り強く、ひびが入りにくいという長所があります。
この鉄筋の長所で、コンクリートの短所をカバーしているのが鉄筋コンクリートです。
圧縮されることにも、引っ張られることにも強い素材といえるでしょう。


  • 鉄筋が入ると壊れにくくなる。*5


しかし、もちろん鉄筋にも弱点はあります。
鉄は酸化すると酸化鉄(さび)になりもろくなってしまうので、風雨にさらされることが苦手です。
鉄筋コンクリートは、鉄のまわりをコンクリートが取り巻き、鉄筋を風雨から守っています。


鉄のおかげで引っ張りに強くなり、コンクリートのおかげで強度が長時間保てる。
鉄筋コンクリートは、二つの素材が互いの弱点を補い合っている建築方法です。


地震のある国に住む私たち


札幌市資料館が建築された年の直前の1923年、関東大震災がおこりました。
資料館の建築計画はそれ以前にすでにできあがっていましたが、
大震災の被害報告を受けて計画を変更し、鉄筋コンクリートを取り入れたそうです。


資料館は100年以上の歴史を超えて、大地震の恐ろしさを語ってくれている気がします。


(文・写真・図 宮本朋美)

【アクセス】

【参考文献】

  1. 図解雑学コンクリート 浅賀栄三 著 ナツメ社
  2. やさしい鉄筋コンクリート工学 川口直能 著 東洋書店
  3. 基礎から学ぶ鉄筋コンクリート工学 藤原忠司・張英華 著 技法堂出版

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*1:ドイツのケーネンがはじめて理論を発表しました。

*2:日本にはじめて鉄筋コンクリート構造の橋が竣工したのが1903年です。

*3:セメントは、水に反応すると固まるという性質を持った物質です。このセメントと水を混ぜたものがセメントペーストです。

*4:セメントは水によって固まります。コンクリートでは、セメントが固まる時に混合した砂や砂利も一緒に固まらせます。

*5:図中では鉄筋がコンクリートの下側に入っていますが、実際には下側だけではなく、上側にも鉄筋を入れます。様々な場所から力がかかることがあることや、表面のひび割れを防ぐためです。

水の恩恵ここにもあった〜茨戸川のワカサギ釣り〜


札幌北部を流れる茨戸川は、冬期間(1月〜3月上旬)に厚い氷で水面が覆われる場所があります。そこでは、多くの釣り人が氷に穴を開けてワカサギの穴釣りを楽しんでいます。ワカサギは成魚になっても15cm程の小魚で、湖や汽水域*1に生息しています。天ぷらやフライなどにして食べると、とても美味しい魚なので冬季間の釣りの対象魚として人気があります。

ワカサギ釣りが盛んな茨戸川は、もともとは石狩川の本流でした。しかし、曲がりくねった石狩川の流れを直線化する河川改修が行われ、その際に現在の茨戸川石狩川の支流として残されました。大きく蛇行する茨戸川の流れは非常に緩やかで、場所によっては雨が降ったときにしか流れが生じない場所もあり、湖沼のような環境になっています。

筆者が釣りに行った2月の中旬のある日の気温は1.9℃、国道337号線・生振大橋下では氷の厚さが約45cmほどです。ドリルで穴を開けて、釣り糸を垂れると、氷の下から元気なワカサギやウグイが釣り上がってきます。


さて、元気なワカサギやウグイ達が棲んでいる氷の下の水はどれくらい冷たいのかと思い、温度計で水中の温度を測ってみました。
測定地点の水深は約5mです。すると、水面近くでは約0.5度、川底の水温は約3℃となっていて水面近くの温度が低く、川底の方の温度が高くなっています。

お風呂や夏のプールでは、水面近くの温度が高く、底のほうの温度が低くなっていることはよく知られています。しかし、氷の下では水面近くの温度が低く、底のほうの温度が高くなっていて、ちょうどお風呂やプールの逆の状態になっています。同じ水同士なのに何故このような違いが生じるのでしょうか。



それは、水の温度による密度変化の特殊性が原因となっています。
 物質は、温度によって密度*2が変化します。一般的な変化の傾向は、温度が低くなればなるほど、密度が大きくなります。したがって物質の三態でいうと、同じ物質間であれば気体より液体、液体より固体の方が密度は大きくなります。


ところが、水は他の物質と比べ非常に特殊な密度変化をします。グラフのように温度が約4℃(正確には3.98℃)のとき密度が最も高く(0.999973g/cm3)、温度がそれ以上低くても高くても密度が小さくなる性質を持っています。特に水が固体となった氷になると密度が大きく減少するので、氷が水に浮くことになります。(さっぽろサイエンス観光マップ北極の未来は〜円山動物園〜 参照)


水は私達にとって非常に身近でありふれた物質ですが、温度変化に伴う密度変化は他の物質と比較すると非常に特殊な性質を持っているのです。


この水の性質によって、生物にいくつかの恩恵を与える現象が起こります。

 
ひとつは、湖や沼は底から凍るのではなく水面から凍ることです。冷えて密度の小さくなった水は水面近くに上昇し、水面から凍っていきます。水面を覆う氷は、お風呂のふたのような働きとなり水中の熱を逃げにくくします。このことにより湖沼の完全凍結がしにくくなります。生物は凍結による死滅の危機から守られます。


ふたつめは、水中の上層部と底層部で水の循環が起こることです。この循環は、次のような仕組みで起こります。

①全ての水深の温度が4℃以上のときに、表層部の水が冷やされて低層部へ沈むことで起こる循環で秋季に起きる。
②全ての水深の温度が4℃以下のときに、表層部の水が温められて低層部へ沈むことで起こる循環で、春季に起きる。
この2回の循環により、水中の底の方に沈んでいる栄養分が表層まで運ばれます。光が良く届く表層に栄養分が運ばれることにより、光合成を行なう植物プランクトンが繁殖しやすくなります。植物プランクトンは様々な動物の餌となり豊かな生態系が成り立ちます。


  水の温度による密度変化の特殊性により、私達人間もワカサギの穴釣りをすることが出来ます。とても楽しいワカサギの穴釣りをしながら、多くの水がこの地球にあることに感謝しようと思います。この日、隣で釣っていた人はなんと200匹も釣り上げていました。ちなみに、筆者の釣果は……!?


ちょっと感謝が足りなかったようです。


(文・写真・図:三浦久和)

【アクセス】

  • 国道377号線・生振大橋下

【住所】

【参考文献・参考リンク】

  1. 水の密度表


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*1:淡水と海水が混じりあう水域のこと

*2:単位体積(普通は1cm)当たりの質量(g)を表し、物質を構成する原子や分子の詰まり具合と関係している

なぞの音を追え! 〜北海道大学 低温科学研究所〜



筆者には、日ごろからちょっと不思議だと思っていたことがありました。
北海道大学近くを走る道路、ちょうど北20条(通称ななめ通り)付近を通りかかると、
時々機械のような、楽器のような音が聞こえることがあるのです。
あたりをよく見てみても、音を発するようなものはなにも見当たりません。

今回は、この音の正体を、突き止めてみることにしました。


■音は低温科学研究所から


音が聞こえた周囲を調査してみたところ、
どうやら低温科学研究所付近で大きく聞こえ、
他の場所ではあまり聞こえないようでした。
そこで、この研究所に問い合わせをしてみたところ、
すぐに音の正体が判明しました。
この音は、研究所で行われている観測にかかわるとても大切な音だそうです。
そしてこの観測結果・研究成果は私たちの生活にも密接にかかわっているとか・・・。
研究所の藤吉先生にお願いして、音を発している装置を、実際に見せていただきました。


■風を「観る」3種類のスペシャリスト!


音を発していたのは、「ドップラーソーダー」という風向きや風の強さを観測する装置でした。
ドップラーソーダーは、研究所の屋上に設置されていて、毎日休むことなく作動しているそうです。
頻繁に音を耳にするのは、毎日動き続けているからなんですね。


  • 低温科学研究所の屋上に設置されているドップラーソーダー。しろい傘の中に小さなスピーカーがぎっしりと入っています。(2007/1/30 撮影)


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  • ドップラーソーダーの音。筆者がいつも耳にしていたのはこの音でした!


たくさんのスピーカーがついており、ここからあの謎の音がでていました。
音は、物体にぶつかるとはねかえるという性質をもっています。
大きな物体ではもちろんですが、私たちの目では見ることの出来ない空気の密度
の変化がちょうど壁のような役割をして音を跳ね返します。
ドップラーソーダーは、この跳ね返り方の違いによって空気中の気温、乱れ、風
の向きや速さを観測することが出来ます。


  • ソーダーで観測されたデーター。毎日の観測データはこのように蓄積されていきます。(2007/1/30 撮影)


低温科学研究所には、このほかにも
ドップラーレーダー」と「ドップラーライダー」という、光と電波によって風を観測する装置があります。
ドップラーライダーについての説明が掲載されています。原理はソーダー、レーダーにおいても同じです。)


  • ドップラーライダー。左の黒い装置から真上に向かって緑のレーザーが出ます。右側は制御装置。 (2007/1/30撮影)


3つの装置には、それぞれ長所と短所があります。


  • 3つの装置の特徴

機器何で観測するか得意ニガテ
ドップラーソーダ晴天荒天
ドップラーレーダー電波快晴
ドップラーライダー晴天濃霧など

3つの装置を備えることで、互いに互いの短所を補うことができます。どんな天候でも多面的に空気の流れを観測でき、
より正確な空気の流れ=風の姿を「見る」ことができるそうです。


■身近な風の学問


低温科学研究所では、観測結果を解析して、雲や風の発生する仕組み、また雪や
雨のできる仕組みを研究しているそうです。

このような風に関する研究は、私たちの生活にとても密接にかかわっています。
たとえば、飛行機のエンジンに鳥がひっかかってしまう「バードストライキング」は、飛行機の機体にとって大変な損傷です。
バードストライキングを回避するために、鳥の行動を予測することが必要です。
鳥の行動は風の向きや強さ、吹く高度によって変化するので、風の研究から得られる知見はバードストライキングの回避に一役かっているのです。


さらに、風を知ることは街づくりにも役立ちます。
大きな建物を建てると、風の流れが大きく変わります。
実際に、札幌駅にJRタワーや高層マンションが建ったので、これらの建築物の風下では風の様子が周囲と異なることが最近の観測からわかってきました。
この先、高層ビルがたくさん立ち並ぶ都市を整備するときに、
空気の流れにどのような影響がでるかを予測できたら、もっと快適な都市がうまれると思いませんか?
ヒートアイランド現象や、ビル風の問題も、風の研究から解決の糸口が見えてくるかもしれません。


私たちは、風を感じるときに、
何を考えているでしょう。
普段、風は私たちの周りを通り抜けていくだけだと思って、
気にも留めていないことが多いです。
筆者も風について、考えたことはほとんどありませんでした。
しかし今回、謎の音を追っていくと、壮大な風の世界が広がっていました。
日常のちょっとした疑問の奥には、科学の世界が待っているのですね。
みなさんも、普段不思議に思っていることをちょっとさぐってみませんか?
目からうろこの世界が待っているかもしれません。

アクセス
北海道大学 低温科学研究所】
市営地下鉄南北線 北18条駅下車 徒歩10分
公式ページ
今回ご協力いただいた藤吉先生の研究室のHPでは、毎日のドップラーライダー観測データが公開されています。


【参考文献】

  1. ウィキペディア ドップラーレーダー
  2. ウェブページ 「ライダーによる大気観測」


今回の記事執筆に当たり、低温科学研究所の藤吉先生、本堂先生にご協力いただきました。ありがとうござました。

(文・写真 宮本朋美)

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FISノルディックスキー世界選手権大会がやってくる! 〜 白旗山競技場、札幌中島体育センター 〜


(白旗山競技場)


(札幌中島体育センター)


2/22から3/4の11日間にわたって札幌にFISノルディックスキー世界選手権大会がやってきます。


ノルディックスキーとは、ジャンプ、クロスカントリーと、この二つを組み合わせたノルディックコンバインド(複合)の総称です。


ダイナミックなジャンプ*1に比べるとクロスカントリーはあまりなじみがないのではないでしょうか。
クロスカントリーとは、スキーを履いて起伏のあるコースを滑走し、そのタイムを競う競技です。コースの距離は1200mから50km(女子は最長30km)に及び、陸上の中長距離走のスキー版と考えればよいでしょう。


クロスカントリー競技が行われる会場のひとつが、清田区にある白旗山競技場です*2。白旗山競技場は札幌の中心部から車で一時間ほど走ったところにあり、スプリント用のトラックと、山林の中を走る25kmの距離用のコースがあります。今は大会準備の真っ最中で、選手と思しき人が練習に励んでいました。


  • 白旗山競技場のトラック


というわけで、今回は白旗山競技場をクロスカントリー競技と関係の深い、「歩くスキー」*3で歩いてみてレポートしようと思っていたのですが・・・


  • が〜ん


白旗山競技場の方に聞いてみると、中央区にある中島公園札幌中島体育センターで、歩くスキーが無料で借りられると教えて頂いたので、早速行ってみました。



「歩くスキー」のスキー板や靴を良く見てみると、普通のスキーと異なる部分がいくつかあります。


そのひとつが、スキー板の裏面につけられたうろこ状の模様です。


  • 歩くスキーでは、靴のあたりの裏面にうろこ状の模様がつけられています


もうひとつの違いが、歩くスキーでは、スキー靴が柔らかく、つま先だけが固定され、かかとを浮かせることができることです。


  • 歩くスキーでは、かかとを浮かせることができます


これらの構造の違いは、スキーで「歩く」ことと、どう関係しているのでしょうか。スキーを借りて、よちよち歩きで滑りながら考えてみました。


まず、歩くスキーを履いて歩いてみると、スキーは後ろにはほとんど滑らないことがわかりました。これはスキー裏面のうろこ状の模様のためだと考えられます。この模様は、前に向かっては緩やかに傾いていますが、後側は切り立った刻みがつけられていて、雪をかみやすい構造になっています。


  • スキー板のうろこ状の模様の役割


このため、歩くスキーは前には滑りやすく、後ろには滑りにくいつくりになっています*4


しばらくどたばたと滑っていると、滑り方のコツのようなものがつかめてきました。例えば、下の図のように左足で体を前に押し出して勢いをつけた後に、右側のスキーに体を乗せると、スキーがつーっと滑ってゆきます。左右交互にこれを繰り返すと、スムーズに前に進めることがわかりました。


歩くスキーを履いて右足を前に踏み出すと、左足はかかとが上がり、スキーを後ろに押し出そうとします。しかし、スキーが後ろに滑りにくく、左足の位置はほとんど動かないため、反動(スキーを後ろに押し出そうとした力の反作用)で体は前に向かって押し出されます。


  • 歩くスキーが前に進むしくみ


力が与えられて速度がついた物体(このときはスキーを履いた人になります)は、その速度と向きを保ったまま進みつづけようとします(慣性の法則と呼ばれています)。このため、踏み出してしばらくの間は、スキーが前に進みます。

スキー板と雪の間には摩擦があるので、速度は次第に小さくなり、やがて止まるのですが、うまく滑れるようになると、普通に歩くときの歩幅より長く一歩で進めるようになります。


中島公園で歩くスキーをしている間、ずっと雪が降っていました。たまたま黒いフェルトの手袋をしていたので、手袋の上に落ちた雪の結晶はしばらく溶けず、じっくりとその形を見ることができました。
寒く厳しい札幌の冬は外に出るのも億劫になりがちですが、じかに自然と触れ合うときにだけ、自然が見せてくれるものもあるのです。


ノルディックスキー世界選手権大会では、世界のトップアスリートたちは、白旗山でどんなレースを見せてくれるのでしょうか。大会中にクロスカントリー競技を見たときには、選手の表情や駆け引きと共に、その足元にもちょっと注目してみてください。


  • 手袋に降った雪の結晶


(文、図、写真:佐藤登志男)

【アクセス】

  • 白旗山競技場
    • 札幌市清田区真栄502
    • 地下鉄東豊線福住駅」下車、中央バス福87「白旗山競技場入口」から徒歩30分
    • 大会中は無料のシャトルバスが運行されます


【参考リンク】

  1. 2007年FISノルディックスキー世界選手権札幌大会公式ホームページ 
  2. ウェブシティさっぽろ 2007年FISノルディックスキー世界選手権札幌大会 


【参考文献】

  1. ヨコヤマ・ノルディックスキー・スクール編著 歩くスキー 成美堂出版(1975)
  2. 今村 源吉 歩くスキー・装備・ワックスから楽しみ方まで 北海タイムス社(1976)
  3. 岩岳スキースクール編著 クロカンスキー入門 スキージャーナル(1982)
  4. R. クロフォード=カリー クロスカントリースキー入門 ベースボールマガジン社1984

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*1:「さっぽろサイエンス観光マップ」にはスキージャンプについての記事もあります。詳しくはこちら 「世界ノルディック大会に向けて 〜札幌ウインタースポーツミュージアム〜 」 とこちら 「スキーと体の揚力で飛ぶ 〜大倉山ジャンプ競技場〜」 をご覧ください。

*2:もうひとつは札幌ドームです。なんと、ドーム内に雪を持ち込んで、屋外とつないで競技を行うようです。

*3:「歩くスキー」は冬の野山をスキーで散策するものですが、この用具をスピード競技用に改良し、いわば「走るスキー」としたものがクロスカントリースキーといえます。

*4:うろこ状の模様をつけるかわりに、雪が食い込むように厚くワックスをかけたり、毛皮を貼ったりすることもあります。

 単なる単位の簡単物語〜JR札幌駅〜






 札幌駅の南側に気温を表示する大きな電光掲示板があります。




筆者は通勤で毎朝この前を通ります。冬や夏には、朝から見るのも嫌になるような気温が表示されることもありますが、街中や道路沿いの気温表示は、路面が凍結しているかどうかの目安として、特に冬の運転には有難い情報です。



 この気温や温度を日本では[℃](摂氏度)で表します。アメリカなどでは[ºF](華氏度)*1を日常で使用しています。さらにまた物理の世界では、温度は[K](ケルビン*2で表します。この[K]という単位は、日本も加盟している国際度量衝総会(メートル条約)で定められた基本単位(SI単位)で、加盟国では原則として基本単位を基にした単位系(SI単位系)ですべての物理量を表さなければいけないのです。しかし現実にはSI単位系だけを用いると、日常生活に不便や混乱があるので慣用的単位も使用されています。基本単位は全部で7個あります。[K]以外の基本単位は、[m](メートル、長さの単位)、[kg](キログラム、質量の単位)、[s](秒、時間の単位)、[A](アンペア、電流の単位)、[cd](カンデラ、光度の単位)、[mol](モル、物質量の単位)です。


 それぞれの基本単位の定義は科学(特に測定技術)の進歩とともに変化しています。例えば長さの基本単位である[m]は、最初メートル原器という金属製の棒を作成して基準としていました。現在では、光が真空中を1秒の299792458分の1の時間に伝わる距離と定められています。


 日本では1991年に日本工業規格(JIS)が完全に国際単位系準拠になりました。それにともなって、身近なところでも記載がかわりました。それ以前は車のカタログではエンジン出力に「馬力」という表示がされていました。しかし最近は「kW」で表されています。また天気予報で以前は気圧を「ミリバール」で表していました。現在では「ヘクトパスカル」で表しています。


 慣用的単位には用途を限定して正式に認められているものもあります。例えば、ダイヤの「質量」はカラット*3が用いられます。カラットは宝石の質量を表す時だけ使用が認められています。自動車の「速さ」も本来なら、基本単位の組み合わせで「秒速何メートル、[m/s]」と表さなければいけませんが、私達は日常「時速何km、[km/h]」と1時間に何km進むかで表しています。これは[秒]と[m]だけでは計算の桁数がどんどん大きくなって不便だからです。皆さんは「100kmの距離を時速40kmで進むと何時間かかるか?」という問題の答えは2.5時間(2時間30分)とすぐわかりますね。この問題を[秒]と[m」に置き換えて計算してみてください。基本単位では不便なことがすぐ実感できると思います。


 普段全く意識しない単位にも意味や変遷の歴史があるのです。単位について調べてみるのも面白いものですよ。


 えっ?最近は単位が気になってしょうがないですって?そういえば学生さんは単位がかかった季節ですものね。


(文、写真:ひるあんどーん)


参考:理科年表

アクセス
JR札幌駅または地下鉄南北線札幌駅からすぐ

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*1:[℃]と [ºF]の関係はt[ºF]=1.8×T[℃]+32で表されます。人間の一般的体温36.5 [℃]は97.7[ºF]になります。

*2: [℃] と[K]の関係は0 [℃]=273.15[K]。また温度差1[℃]=1[K]です。

*3:1[カラット]=0.2[g]=0.0002[kg]。