何度も利用、どうでしょう 〜平岸高台公園〜





【巨大なスロープでできた公園】
地下鉄南北線南平岸駅で下車、改札を出て左側の出口から坂をのぼるとHTB北海道テレビ)の社屋が見えてきます。屋上のキャラクターを眺めながら駐車場の縁を左折すると、平岸高台公園にぶつかります。
いたってシンプルな公園ですが、HTBの人気番組「水曜どうでしょう」の番組冒頭と最後のシーンの撮影ロケ地として、今や全国的に有名になりました。全体が幅約100mの巨大なスロープになっており、頂上からは札幌の中心部や手稲山を一望できます。冬はここで保育園児がそり遊びをしたり、小学校のスキー授業が行われたりします。



【カイロの歴史】
冬の散歩や外遊びに、カイロは欠かせません。カイロは「懐炉」と書き、もともとは囲炉裏(いろり)やたき火で温めた石を懐に入れて暖をとったことからこの名前がつきました。明治以降、麻や穀物の灰を粉末にして固めたものを容器の中で燃やすタイプや、ベンジンの気化ガスを容器の中でプラチナの触媒作用により分解し、発熱させるタイプのカイロができました。そして1978年、鉄粉を酸化反応させて発熱させる「使い捨てカイロ」が登場し、現在に至ります。


【使い捨てないカイロ】
使用後の使い捨てカイロは、ゴミとして処分しなければなりません。中身は鉄粉バーミキュライト、活性炭などです。燃やせるゴミなのか、燃やせないゴミなのか、一瞬迷います*1。最近、「使い捨てないカイロ」があると聞き、さっそく入手しました。


  • 左:使い捨てないカイロ  右:カイロの断面図


ビニール製の袋の中に、粘度の高そうな液体と金属製のボタンが透けて見えます。このボタンを袋の上から指で押してやると、中の液体がみるみる固まります。同時に熱が発生し、しばらく温かい状態が続きます。発熱がおさまると全体が白く固まっていますが、5〜6分煮沸するとまた液体に戻ります。


  • ボタンを押すと、白く固まった部分が広がっていく


【中身は?】
この液体はいったい何でしょう?製品表示を見ると、酢酸ナトリウムとあります。酢酸ナトリウムは食品添加物にも使われている物質なので、万が一、袋が破れて内容物が手についても危険はありません。


【なぜ固まる?なぜ温まる?】
物質は、固体・液体・気体のいずれかの状態*2をとります。液体が冷やされて固体になることを凝固といい、このとき液体のもつエネルギーの一部が「凝固熱」として放出されます。このカイロが温かくなるのも凝固熱のためです。



固体:分子は規則正しく配列し、わずかに振動している

液体:分子は互いに引き合いながら、動いている

気体:分子は自由にはげしく運動している

  • 物質の状態


液体が凝固し始める温度を凝固点といいます。酢酸ナトリウムの凝固点は58℃、つまり室温では固体のはずです。なぜ液体のままでいられるのでしょう?また、温度の変化がなくてもボタンを押すだけで凝固し始めるのはなぜでしょう?
凝固点以下に温度が下がっても固体にならず、液体であり続けることを「過冷却*3といいます。このとき、分子は凝固するきっかけをつかめずに動き回っています。ここで振動などの刺激を与えると小さな結晶が生まれます。すると、それがきっかけとなって分子が規則的に整列し始め全体が凝固します。
このカイロは金属ボタンを押すことが刺激となって小さな結晶ができ、全体が凝固して発熱するのです。


【もっと大きなスケールで温める!】
この酢酸ナトリウムの性質を利用して「熱を宅配する」仕組みがあります。工場やゴミ焼却場から出る未利用の廃熱を、酢酸ナトリウムを主体とする潜熱蓄熱材*4に蓄えてトラックでオフィスや病院などへ輸送し、熱エネルギーとして利用する「トランスヒートコンテナ」システムです。これまでのパイプラインによる熱供給と違って長距離を運ぶことができ、廃熱を有効利用することで化石燃料の燃焼によるCO2排出を削減する効果があります。


【小さなカイロから大きな問題を考える】
「使い捨てないカイロ」は発熱している時間が使い捨てカイロよりもずっと短く、少々頼りなく感じます。しかし、戸外で体を動かせば暖かくなるのですから、逆に短時間だけ発熱するカイロは好都合ともいえます。何より、くり返し使えるのが魅力的です。
このカイロを握りしめ、CO2の排出削減と地球温暖化について考えながら、雪まつりに出かけてはどうでしょう?(参照:雪まつりを楽しむ際にちょっと考えてほしいこと
私はカイロを持って、平岸高台公園へ子供とそり遊びに行ってきます。


(文・写真・図 原林 滋子)

【アクセス】
平岸高台公園
札幌市豊平区平岸4条13丁目
地下鉄南北線南平岸駅から徒歩5分

【参考リンク】

  1. 日本カイロ工業会ホームページ 
  2. 三機工業ホームページ
  3. ウェブシティさっぽろ ごみ分別辞典 


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*1:札幌市では「燃やせないゴミ」に分別される

*2:「物質の三態」という

*3:過冷却現象を簡単に見る方法:氷に食塩をふりかけて温度を下げ、水の入った試験管などを静かにこの中に入れておくと、水が氷点下になっても凍らない

*4:物質が、液体→固体または固体→液体に変化するのに伴って放出または吸収される熱を潜熱といい、これを蓄えるものを潜熱蓄熱材という

 雪まつりを楽しむ際にちょっと考えて欲しいこと  〜さっぽろ雪まつり大通り公園会場〜



 1月のさっぽろ雪まつり大通り会場では、雪まつりの目玉とも言える大雪像製作の真っ只中です。



(取材協力:日本氷彫刻会札幌支部氷彫会 2007年1月26日撮影)


 こちらの大氷像では、角氷ひとつ当たり約100kgあるため、写真のように重機を使って下から順に積み上げ作業が行われます。トラックで運ばれた氷を順に重機で吊り上げ、組んでおいた足場で待機する人が氷一つ一つを受け取り、適切な場所においていくという作業は、約3週間もかかるそうです。そのようにして積み上げられていく氷は、高さが7,8メートルになるまで積み上げられ、合計すると約1000個の氷が使用されるそうです。

使われる氷の量について計算して見ましょう。簡単ですね。
       100kg×1000個=100000kg
       1000kgは1トンなので、
       100000kg=100トン

この氷像1基に使われている氷の量は、約100トンとなります。

100トンもの氷をすべて人の手作業で行うことを考えると、この重機を使うことによって、いかに効率的に作業が進められているのかが分かります。


 1950年に第1回の雪まつりが行われた時には、市内の中高生による雪像6基で始まりました。このころ雪像はすべて人の手で作られていました。時がたつにつれて、自動車やトラックなど、人力よりもはるかに効率的に作業を進めるための様々な機械が使われるようになりました。

このように科学技術は、私たちの暮らしを豊かに、便利にしてくれます。しかし一方で、科学技術に支えられた私たちの社会の発展は、地球温暖化にも深刻な影響を与えています。


 以下のグラフを見てください。



気象庁 http://www.jma.go.jp/jma/index.html のデータを基に作成)


 日最低気温とは、ある一日の中で最も低い気温を指します。
ここでは、1886年から2006年の札幌における2月の日最低気温の平均をグラフにしています。

グラフを全体的に眺めてみると、今から約120年前の1886年からだんだんと最低気温が上昇していることがいえます。ここ数年でも、雪まつり期間中の雪像が暖冬のために解けてしまうというニュースも聞かれます。このように札幌における日最低気温が上昇している大きな理由として、「都市化」の進行も考えられています。


今年の雪まつり開催期間中の気温が心配になりますね。


そこで、札幌管区気象台の三浦さんにお話を聞いてみました。
北海道地方の1ヶ月予報が使えるということです。

こちらが1月19日に発表された1ヶ月予報です。(予報期間1月20日から2月19日)


http://www.jma.go.jp/jp/longfcst/101_00.htmlの解説資料PDFより引用)


 グラフの予報期間の2月6〜12日頃の線は、気温平年差の+2度の線辺りにあります。これによると、雪まつり開催期間である2月6日(火)〜12日(月)曜日頃の札幌の気温は、平年に比べ2度くらい高めになると予想されていることが分かります。(濃いグレーと薄いグレーは、予想される幅です。予想した日時から遠くなるほど予想が難しいので、グレーの幅が広くなっています。)


 雪まつりはそれ自体が楽しいだけでなく、北海道の冬の重要な観光資源でもあります。観光資源の豊かなオーストラリアでは、「エコ・ツーリズム」という考え方が浸透し、観光資源は現地に住む人々の財産であるとされ、観光業界が率先してゴミ問題などの自然破壊を食い止めようと活動しています。


 しかし、地球温暖化は「エコ・ツーリズム」のように一部の人々の努力だけで解決できることではありません。私たちがいつまでも雪まつりを楽しめるようにするにはどうしたらよいか、地球人として、市民一人ひとりが無関心でいてはいけないと感じます。将来、もしかしたら、「科学技術」が温暖化を解決する日が来るかもしれません。少なくともその日が来るまでは、何が原因かを究明すると同時に解決策を模索していく必要があるし、地球温暖化の要因となる可能性のあるものに対しては、慎重な態度を持ち続けることが必要ではないでしょうか。


(文・写真 伊藤紀代)



【参考】
社団法人札幌観光協会 さっぽろ雪まつり資料館「さっぽろ雪まつり年表」
気象庁 気象観測(電子閲覧室)http://www.data.kishou.go.jp/index.htm

【アクセス】

・「さっぽろ雪まつり大通り会場」 地下鉄大通公園駅真上

・「さっぽろ雪まつり資料館」  さっぽろ羊が丘展望台敷地内
 (地下鉄東豊線福住駅からバスで約10分)


【謝辞】

札幌管区気象台の三浦様、そして日本氷彫刻会札幌支部氷彫会の皆様、ご協力ありがとうございました。


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 高く上がれば気圧は下がる ポテトチップスを持っていっテイネ! 〜手稲山ロープウェイ山頂駅〜





スキーシーズンの冬、サッポロテイネスキー場に行ってきました。ロープウェイに乗ると手稲山の山頂近くにある山頂駅に行くことができます。そこは標高約1000mの場所です*1。札幌のような大きな都市のすぐ近くに1000m級の山があるのは日本国内において珍しいことですが、そこへ登山もせずに乗り物に乗って行くことができるお気軽さも特筆すべきことだと思います。




さて今回は標高が高い所では低い所よりも気圧が低いことについて紹介しましょう。わかりやすい比較実験としてポテトチップスの袋の膨らみ具合を比べてみました。山麓手稲駅近くのお店で買った時よりも山頂駅休憩室での方が、袋が膨んでいます。これは山頂での気圧が低いので、ポテトチップスの袋を押す大気の力が弱いためです。


 

  • 写真:ロープウェイ山頂駅休憩室でのポテトチップスの袋



  • 写真:山のふもとにある手稲駅舎内でのポテトチップスの袋


気圧とは、その場所からその上空までの地球大気の重さによる単位面積あたりの力(圧力)のことです。大気圧とも呼びます。海面での気圧は気象条件により変動しますが、1気圧という単位を用いて表されます。1気圧は、およそ1cm2あたり約1kg重で、1013.25hPa[ヘクトパスカル]*2と定められています*3。下の図のように、山頂の方が海面よりも上空までの空気の量が少ないので気圧が下がります。標高1000mでは海面よりも0.1気圧ほど低い約0.9気圧です*4



  • 図:山頂と山のふもとでの大気圧の違いは、上空までの空気の量の違いによる

ポテトチップスの袋を標高の高いところに持って行くと、袋の外の気圧が下がるので、袋の内側の気体による圧力の方が大きくなり、その結果、袋の中の気体の体積が増えます。それに従って袋の内側の圧力は下がり、内側の圧力と外側の気圧が釣り合うところまで、内側の気体の体積が増えるのです*5。実際に比べる場合は、標高が高くなると気温が下がる*6ので、気温がほぼ同じ条件である屋内で比べると良いでしょう。今回はロープウェイ山頂駅の休憩室(室温約15度)を利用しました。


  • 写真:暖房された室温約15度のロープウェイ山頂駅の休憩室


冬のスキーや夏の山頂登山の時には気圧を目で確かめるためにポテトチップスを持って行ってはいかがでしょうか。気圧を実感できますよ。でも山頂に着くまでにポテトチップスを食べてしまわないように気をつけてくださいね。

【アクセス】
手稲山山頂

  • JR手稲駅からバスで「テイネハイランド」下車
  • 手稲ロープウェイで「山頂駅」へ


【参考資料】

  1. 「気象の事典」 平凡社
  2. 「天気質問箱」平井伸行 NHK出版


【参考リンク】

  1. サッポロテイネ


【追記 2月20日】

温度が一定の場合、気圧が0.9倍になると、体積はその逆数である1.11倍になります。そのため室温(約15度)における「山頂」でのポテトチップスの袋は、「山のふもと」のよりも1.11倍に膨らんでいます。ただ山頂の屋外にポテトチップスを持って行くと、冬は気温が低いので、写真のように袋は膨らんで見えません。この写真を撮影した時の外気温は測定していなかったのですが、気温マイナス10度くらいの場合、山のふもとでの室温における体積とほぼ同じになってしまいます。


一方、気温がそれほど低くない時期は、山頂の屋外でもポテトチップスの袋が膨らんでいることがわかります。山頂ではふもとよりも気温が6度低いことを考慮して、例えば、0.9気圧、気温9度の場合は、気温15度のふもとでの体積の約1.09倍になります。


(文・写真・図 大鐘卓哉)


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*1:手稲山山頂は手稲区ですが、ロープウェイ山頂駅は西区です。

*2:hPaは、圧力を表す単位Pa[パスカル]の100倍で、100N/m2[ニュートン毎平方メートル]に相当します。

*3:1954年の国際度量衡総会(CGPM)において、海面における大気圧の標準の値を1013.25hPa[ヘクトパスカル]と定めました。

*4:高度3000mまでは、高度が100m上がるごとに気圧が0.01気圧下がります。それを利用して気圧からおよその高度を逆算することもできます。

*5:温度が一定ならば、理想気体の体積は圧力に反比例することを示したボイルの法則の考え方を用いると、気圧が下がることにより袋の中の気体の圧力も下がり、その結果袋の中の気体の体積が増えると考えても良いでしょう。

*6:標高が100m高くなるごとに気温が約0.6度下がります。気温が下がると、気体の体積を減らす効果があります。

 いろいろな昆虫がいるのはどうして?〜札幌市北方自然教育園〜


 札幌市北方自然教育園は、札幌市南区白川の豊平川の北側・硬石山の西側にあります。ここには、約5ヘクタールの敷地に学習館・昆虫館や体験農場や果樹園・観察林などがあり、自然観察や作物の栽培体験などができる施設です。園内にある昆虫館は、240平方メートルあり昆虫に関しての解説展示や生きた昆虫をみることができる生態展示があります。また、学習館には世界中のいろいろな種類の昆虫の標本の展示があり、地球上にさまざまな形をした昆虫がいることがわかります。

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昆虫は地球上で最も多くの種類がいる生物

 地球には多くの種類の生物が暮らしています。しかし、その中でも昆虫は現在知られている生物種の約55%を占めています。しかも、未だに発見されていない種類も多いと推測されていますから、種類から考えてみると地球上で最も繁栄している生き物は昆虫であると考えられます。それでは、どうして昆虫には多くの種類がいるのでしょうか? 昆虫の特徴からその秘密を探ってみましょう。

       

その1:空を飛べる

 今、見つかっている最も古い昆虫の化石は、約4億年前のデボン紀中期のトビムシの化石といわれています。この当時は、まだ翅(はね)がなかったようですが、約3億年前の石炭紀には翅をもった昆虫が出現します。この時代に空を飛ぶことができたのは、昆虫だけだったようです。この時代には、翅を広げた大きさが70cmにも達する巨大トンボもあらわれました。
 鳥やコウモリの羽は手が進化した器官で、骨や筋肉の助けをかりて羽ばたくことができます。それに対して、昆虫の翅は背中の外骨格が薄く伸びたものです。この翅には翅脈(しみゃく)と呼ばれる筋が葉脈のように広がっています。この翅脈は、表側にふくらんだ面と裏側にふくらんだ面がほぼ交互に配列しており、強度を保っています。
 昆虫が空を飛べる秘密は、翅のついている胸部にあります。昆虫の胸部には2種類の筋肉が体壁についています。この筋肉を運動させることによって背中の硬い表皮がくぼんだりふくれたりすることで、翅が上下し飛ぶことができます。空を飛べるようになったことが、昆虫の活動範囲を大きく広げました。

その2:小さなからだ

 昆虫は体の表面が硬くなっており骨の役割をはたしています。このつくりはまるで外から枠をはめたのと同じようなもので、外骨格といわれています。昆虫は、外骨格であるために体を大きくすることができません。それは、体を大きくしていくと、外骨格では体を支えることが出来なくなり、つぶれしまうからです。また、表面を厚く丈夫にすると体が重くなるので、筋肉や内臓などの器官を収納できなくなります。このような理由で、ほとんどの種類の昆虫は、脊椎動物よりも体が小さくなりました。
 しかし、小型の種類が多い昆虫にとってはこの外骨格は、体から水分が蒸発することを防いでくれるという効果があり、陸上生活に適していました。また、小さな体は少ない食料ですみます。ですから、狭い場所にたくさんの昆虫が一緒にくらすことができ、枯れ木の間や樹木など、陸上のさまざまな空間を利用するためには便利だったようです。

その3:植物との共進化

 昆虫にとって植物は、非常に魅力的な食料です。それと共に生活する場所を提供しています。そこで、植物を食料とする昆虫が、たくさん現れたと考えられます。
 しかし、植物も食べられてばかりではなく、「身を守るために葉を硬くする。」「毒のある物質をたくわえる。」などができるものが出てきます。それに対して、昆虫はある特定のグループの植物が持つ毒に強い種類が現れます。このように昆虫が植物が身を守る仕組みを発達させる。するとそれをうち破る技を昆虫が身につけるというようにして、お互いが進化してきたようです。
 また、被子植物は花という器官を持ちました。花の出現は昆虫にとっては、花から蜜という食物を得ることができるというメリットがあり、植物にとっては、昆虫に花粉を遠くの仲間に確実に届けさせるというメリットがあります。このように、被子植物と昆虫は互いに依存し合う関係(共生関係)を持つことで、両方のグループは、繁栄したようです。
 

おわりに

 今までのことから、昆虫の種類がたくさんいるのはどうしてかまとめてみましょう。それは、多様な資源の利用と環境変化への適応がずば抜けて良かったことが理由のようです。
 昆虫は、翅を獲得したことで行動範囲が大きくに広がり、多様な棲み場所や食べ物などを利用できるようになりました。また、小さく成長が早いので世代交代のスピードも速くなり、地上の変化に富む環境や気候変化などに適応した種の出現(種分化)が素早かったことが大きな理由のようです。
 更に、環境への適応性や種分化能力の高さは、植物との競争や共生関係などお互いに影響を与え合うことで強められ、たくさんの種類を生み出したと考えられます。
(文責:菊田 融)

アクセス

札幌市北方自然教育園 (札幌市南区白川1814)
じょうてつバス 定山渓・豊滝方面 十五島公園前下車 公園内のつり橋を渡って徒歩約30分

参考文献・HP

  1. 札幌市教育委員会文化資料室 編, 1990, 札幌昆虫記,北海道新聞
  2. 鷲谷いずみ 大串隆之 編集, 1993, 動物と植物の利用しあう関係 シリーズ地球共生系5,株式会社 平凡社
  3. 水波 誠,2006,  昆虫 驚異の微小脳,中央公論社
  4. 虫を飼うための豆知識 http://www.afftis.or.jp/konchu/breeding/1_1.html
  5. 昆虫ワンダーランド(愛媛県総合科学博物館) http://www.scimuseum.niihama.ehime.jp/special/konchu/data/kon/indexa.htm


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 開拓時代を映す赤い色〜北海道庁旧本庁舎〜



  地下鉄南北線さっぽろ駅10番出口を出て、大通り公園に向かって南に歩いていくと、右手にレンガ作りの大きな建物が見えてきます。これが、北海道庁旧本庁舎です。別名「赤レンガ庁舎」と呼ばれて、札幌市民にも親しまれています。


(赤レンガ庁舎全景: 2006/12/28)


  この赤レンガ庁舎は、1888年明治21年)に作られました。設計は、北海道庁の技師が担当し、アメリカ風のネオ・バロック様式のレンガ造りで、アメリカのマサチューセッツ州議事堂をモデルとしています。地上2階地下1階のこの建物には、約250万個もの赤レンガが使われています。明治時代、白石、月寒、豊平の各地区に次々にレンガ工場が出来ました。近くの森林の比較的浅いところから、良質の粘土が出てきたからです。当時、レンガの需要は非常に高く、また、開拓者にとってもよい働き場所でした。ここで作られた赤レンガは、北海道庁をはじめ、ビール工場、植物園内の博物館、トンネルの内壁、鉄橋の橋げた、そして東京駅など様々な場所で使われていきました。

 
【レンガの語源】

  では、「レンガ」とは、一体どこの言葉でしょうか。
カタカナで「レンガ」と書かれることが多いため、外来語だと思っている人がいるかもしれません。実は、「レンガ」は「煉瓦」と書き、日本語です。レンガが建築材料として利用されたのは、メソポタミア文明時代からですが、日本には、江戸時代末期から明治初期にヨーロッパから入ってきました。この新しい建築材料を見た日本人が、焼くという意味の「煉」と「瓦(かわら)」という文字を組み合わせて「煉瓦(レンガ)」という言葉を作ったのです。


 【レンガの積み方】

  赤レンガ庁舎では250万個ものレンガを使用しているので、その重さはかなりのものになります。そのため、レンガの積み方には、注意が必要です。レンガとレンガの接着部分を目地といいます。一段ずつ積み上げていくので、横目地はレンガ同志の接着面が一直線になります。これを芋目地といいます。それに比べて、縦目地は、上下の段がつながらない破れ目地になっています。レンガはもともと鉄筋等の補強を入れずに、目地の接着力のみで、つながっています。もし縦目地が縦に1本通っていると、部分的にくずれやすくなります。そのため、破れ目地にして、全体を一体化して、強度を高める工夫がされているのです。


  実際に、建物の外壁に近づいて見ましょう。レンガが縦方向の接着面が重ならないように、しかも規則的に並んでいることがわかります。レンガの積み方には、様々な積み方があります。国名が付いていることが多く、代表的なものには、「フランス積み」や「イギリス積み」があります。「フランス積み」は、正面から見たときに、長手と小口が交互に並んで見え、明治初期の建物に見られます。また、「イギリス積み」は、ある段は長手、次の段は小口、その上の段は長手と交互に並んで見え、明治中期以降の主流となっています。赤レンガ庁舎は、長手と小口が交互に並べられている「フランス積み」です。国内では、比較的珍しい積み方です。「イギリス積み」に比べて、強度は落ちますが、「フランス積み」には華麗さがあると言われています。


(赤レンガ庁舎の壁: 2006/12/28)




【赤レンガの赤の正体は?】
 
  次に、レンガの色に注目してみましょう。レンガというと、多くの人が赤茶色のいわゆる「赤レンガ」を思い浮かべるのではないでしょうか。赤レンガは、建築用に使用されています。ほかに、製鉄に利用される耐火レンガ(白レンガ)もあります。 レンガは、粘土質の土をこねて、成形し、窯で焼くことによって作ることが出来ます。一般的に成形してから着色して焼いても、色は飛んでしまいます。焼いた後でも残る色は、金属の色です。レンガの場合は、土の中に含まれている鉄分が酸素と反応した酸化鉄の赤い色なのです。
  物質と酸素が結びつくことを、酸化*1といいます。そして、酸化で出来た化合物を酸化物といいます。鉄が酸化鉄になることは、化学反応式では、次のように書くことができます。


4Fe + 3O2 → 2Fe2O3
(鉄) + (酸素) → (酸化鉄)


  このFe2O3*2は、酸化第二鉄と呼ばれ、土に含まれている鉄分が、酸素をどんどん取り入れることにより酸化が進みます。空気中の酸素と反応して、自然に生じる酸化鉄、つまり「赤さび」と言われているものも同じです。レンガは、燃焼温度によって、その赤さが変わります。700〜800℃では、オレンジ色を呈しますが、1000℃以上では、赤紫色から黒褐色になります。900℃前後で、独特の赤色を呈するのです。現在では、Fe2O3は、赤色の顔料やベンガラと呼ばれる鉄骨などに塗られている塗料、磁気テープの磁性体原料など様々なところで利用されています。
  また、Fe(鉄)とO2(酸素)が酸化反応を起こすときには、発熱が起こります。この原理を利用して作られたのが、冬によく利用される使い捨てカイロです。

 
【当時を映し出して】

  実際に、赤レンガ庁舎を訪れてみると、その存在感には圧倒させられます。しかし、その存在感は、10階建てのビルに相当する33mにも及ぶ高さや大きさだけではなく、上に述べたプロセスがもたらした、赤レンガの「赤」い色にもあるようです。赤レンガ庁舎が出来たころ、当時の札幌の人々には、この赤い色が、きっと輝いてみえたことでしょう。


(文・図・写真: かみむらあきこ)
(ブロック製作: かみむらあやめ)

  • 【住所】   札幌市中央区北3条西6丁目

        開館時間:9:00~17:00
        休館日:12月29日〜1月3日
        入館料:無料

 【参考資料】   
 -赤レンガ庁舎 しおり         北海道総務部総務課
 -フォーラム理科資料         正進社編
 -煉瓦 Wikipedia      
 -酸化鉄 Wikipedia
 -シティーさっぽろ 鈴木レンガ工場跡       札幌市役所


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*1:逆に、酸化物から酸素が離れることを、還元といい、その化合物を還元物といいます。

*2:鉄の酸化反応は、反応条件によっていくつかの種類の酸化鉄が生じます。空気の不足した条件で反応させると、2Fe+O2→2FeOが生じ、錆止めとして利用されています。また、熱した鉄に水蒸気を反応させると、3Fe+2H2O+O2→Fe3O4+2H2が生じ、黒さびといわれています。

防災の基本は理解と備えから〜札幌市民防災センター〜

 


地下鉄南郷7丁目駅1番出口のすぐそばに、平成15年3月にオープンした札幌市民防災センターがあります。この施設は、火災・震災に関する展示や模擬体験を通して防火・防災に関する知識と災害時に必要な行動を学ぶことができます。防火・防災に関する知識をさまざまな体験により学ぶことができるので、週末には千人近くの見学者が訪れる人気の施設です。

建物の1階と2階にある展示施設は、異なるテーマを持つ3つのゾーンで構成されています。

  1. 「消防の仕事紹介ゾーン」は、実物のはしご車や消防隊員の活動服が展示されています。
  2. 「災害と体験コーナーの紹介ゾーン」では地震災害を題材にした3D映像の映画を見ながら、防火・防災意識の重要性を学ぶことができます。また、札幌市民防災センターで体験し学ぶことのできる内容についても知ることができます。
  3. 「体験ゾーン」では、実際に起こった大地震の揺れを体験できる地震体験コーナーや煙が充満した建物から避難行動を体験できる煙避難体験コーナーなどがあります。

 中でもお勧めは、「体験ゾーン」にある消火体験コーナーです。このコーナーでは、スクリーンに映し出された天ぷら油の炎を、本物の消火器を使用して消火の体験をすることができます。
 消火器の操作方法を体験し修得することで、いざというときに「消火器の使い方が分からない。」や「実際に消火器を使い消火できるか自信が無い。」といったことを防ぐことができます。
 自宅に備えてある消火器を、緊急時に役立てるための貴重な体験ができる施設です。

 

 ところで、消火器が燃焼を止める働きを消火作用といいます。消火器が持つ消火作用とは、具体的には、どのようなものでしょうか。



■消火作用
 燃焼のメカニズムを詳しく見ると、まず熱源からの熱エネルギーにより可燃物の分子や原子の熱運動*1が増大します。
 次に、熱運動が増大した可燃物の分子や原子が酸素と反応し、反応により熱エネルギーと光エネルギーが生じます。生じた熱エネルギーが新たな熱源となり高温が持続し、可燃物の分子や原子の熱運動が増大した状態が維持されます。
 これにより、新たな可燃物の分子や原子が酸素と反応する連鎖反応が成立しています。

※燃焼のメカニズムのアニメーション。下の「こちら」をクリックすると、アニメーション画面に移ります。アニメーション画面内の「次へ」ボタンを3回クリックして下さい。

こちらをクリックしてください。

(本文に戻るときはブラウザの「戻る」ボタンを使ってください。)

 燃焼が継続するためには、「可燃物」「酸素」「熱源または高温の持続」、が必要です。「可燃物」「酸素」「熱源または高温の持続」を燃焼の3要素といいます。燃焼の3要素うちどれかひとつでも取り除くと燃焼は止まります。また、燃焼が継続するための要素として、可燃物の分子や原子が酸素と反応し続ける「連鎖反応の成立」も必要です。
 これらの要素を取り除いたり、阻害する働きが消火作用です。消火作用には、次のようなものがあります。

  1. 可燃物を取り除く働きの「除去作用」。
  2. 酸素の濃度を薄くしたり、遮断する働きの「窒息作用」。
  3. 熱を奪い温度を下げる働きの「冷却作用」。
  4. 可燃物を化学変化により不燃化させたり、可燃物と酸素の連鎖反応を阻害する働きの「抑制作用」。

 消火器はこれら4つの消火作用のうち、「窒息作用」「冷却作用」「抑制作用」を利用して消火をしています。「除去作用」が利用されないのは、実際の火災では特殊な場合を除いて可燃物を取り除くことが困難な場合が多いためです。


■消火器の種類
 消火器の内部に詰められている消火用の物質のことを消火剤といいます。消火器は消火剤の種類から、二酸化炭素消火器やハロゲン化物消火器、泡消火器などに分類することができ、数種類の消火器が存在します。
 消火剤の種類によって、持っている消火作用が異なります。
札幌市民防災センターの消火体験コーナーで使用している消火器は、模擬体験用なので、水道水が詰められていました。しかし、現在、一般家庭用として販売されている消火器は、粉末薬剤(ABC粉末)が詰められている粉末消火器と強化液(中性)が詰められている強化液消火器の2種類が主流となっています。
 粉末(ABC粉末)消火器と強化液(中性)消火器ではどのような違いがあるのでしょうか。これらの消火器では、詰められている消火剤の違いにより、消火器の持つ消火作用が異なるため消火に適する火災の種類が異なります。


■火災の種類
 火災の種類は特殊なものを除き、燃焼する物体の性質から次の3種類に分類することができます。

  1. A(普通)火災:木材・紙類・布等が燃焼する火災
  2. B(油)火災:灯油・ガソリン・天ぷら油等が燃焼する火災
  3. C(電気)火災:電線・変圧器・モーター等が燃焼する火災

 現在、一般家庭用として販売されている粉末消火器も強化液消火器どちらも、ABC火災すべて対応となっています。しかし詳しく見てみると消火剤の種類と特徴により、適する火災の種類が異なります。


■粉末(ABC粉末)消火器の特徴
 粉末消火器の持つ消火作用は、主に窒息作用です。噴出された粉末の消火剤が可燃物を覆い、酸素を遮断することにより消火します。また、消火剤が熱分解して生じた物質が、可燃物と酸素の反応を阻害する抑制作用も持っています。
 窒息作用での消火は炎をすばやく消し去ることが特徴です。しかし、紙類・布類等や合成樹脂類の火災への消火力はやや劣ります。
 粉末消火器の最も適する火災は、B(油)火災です。特に、ガソリンのように揮発性の高い引火性油類の消火には最も適しています。しかも、薬剤が粉末なので同程度の大きさの強化液消火器より重量が軽く、値段も安いので設置しやすいメリットを持っています。


■強化液(中性)消火器の特徴
 一方、強化液消火器が持つ消火作用は、主に冷却作用です。噴出された液体が可燃物から熱を奪い冷却することにより消火します。強化液消火器の最も適する火災はA(普通)火災です。消火液が可燃物の内部まで浸透して冷却することができるので、再燃することがなく確実に消火することができます。この特徴により、粉末消火器ではあまり適さない紙類・布類等の火災に威力を発揮します。
 また、強化液消火器はB(油)火災のうち、特に天ぷら油火災に非常に強いという特徴も持っています。これは、強化液消火剤が持つ抑制作用によるもので、消火剤が天ぷら油と化学反応し天ぷら油を不燃化するためです。
 強化液消火器で消火する場合は、可燃物の温度が徐々に冷えて消火されるので、粉末消火器より消火までの時間がかかる場合があります。しかし、強化液消火器は、同じ大きさの粉末消火器より長く消火剤の噴出をすることができます。
 そして、一般家庭での火災原因として多い天ぷら油火災や、紙類・布類・木材の火災に対し最も適する消火力を持っていることがメリットです。


■消火器を設置する時は…
 数年前に、私の自宅のご近所が火事になったことがあります。その火事の原因は天ぷら油火災でした。その火事の体験から、我が家でも消火器の必要性を強く感じ消火器を設置することにしました。
 消火器を設置するときは、まず、設置する場所にどのような種類の火災が発生するかを考えることが大切です。次に、消火器の特徴を知り火災の種類に適した消火器を選ぶことが肝心です。そして、何より肝心なことは設置した消火器の使用法をよく理解していざというときに使うことができるようになることです。札幌市民防災センターの消火体験コーナーでの消火体験は、絶対にお勧めです。
 冬は暖房の使用などで、火災が増える時期です。火の用心と消火器の備えを忘れずに。
(文:三浦久和)

【アクセス】

【住所】

【参考文献・参考リンク】

  1. 「危険物取扱必携」 全国危険物安全協会編
  2. 札幌市民防災センターHP
  3. ヤマトプロテック株式会社HP
  4. 株式会社モリタHP

【謝辞】
 取材にご協力していただきました札幌市民防災センターの方々、消火薬剤のことについて、詳しくご回答いただいた、ヤマトプロテック株式会社・株式会社モリタの担当者の方々本当にありがとうございました。また、燃焼のメカニズムのアニメーションを制作してくれた安田君、協力ありがとう。

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*1:物質を構成する分子または原子は、回転・振動などの乱雑な運動していいます。これを分子運動または分子の熱運動といいます。熱運動は温度が高くなるほど激しくなります。

お米のサラブレッド、「おぼろづき」。もう食べましたか?〜北海道農業研究センター〜


 クラーク博士の像が建つ羊が丘の一角に、北海道農業研究センターがあります。ここ(当時の名称は、北海道農業試験場)で育種され、2006年秋から一般に販売され始めたお米が「おぼろづき」です。

 おいしいお米の代名詞であるコシヒカリに負けないおいしさであるというふれこみの「おぼろづき」。皆さんは、もう口にされましたか?


◆「赤毛」から「坊主」へ
 明治の頃、北海道は低温のため、米作には適さないといわれました。道南地方にわずかの水田がある程度で、札幌農学校でも、米作ではなく、畑作を奨励していました。
 そんな中、明治6年に、中山久蔵という人が、札幌市郊外の月寒村島松(しままつ)で、「赤毛」という耐冷性にすぐれたコメの栽培に成功しました。この「赤毛」の中から、さらに優良なものを選抜したのが、明治28年の「坊主」という品種です。この「坊主」によって、旭川を含む上川地方や、それ以北の地域にもコメ栽培が広まりました。
 「坊主」によって、北海道の広い範囲でもコメを作ることはできるようになりましたが、まだまだ課題は残っていました。それは、「平年の収量が少ない」、「天候不順に弱い」、「味が劣る」という課題です。この当時のコメの育種は、在来種の中から優秀な集団や個体を選抜し分離して育てる「分離育種法」というやり方でした。


◆交配育種法による「富国」の誕生
 大正10年に、秋田県の国立農事奥羽試験場で、「陸羽132号」という品種が育成されました。この育成には、「交配育種法」という技術が使われています。
 「交配育種法」は現在でも主要な方法として用いられている育種法です。互いに補いあう優秀な特性をもつ両親品種を人工的に交配して、両特性をあわせ持つ新しい品種を育成します。
 「交配育種法」は、「交配」「選抜」「固定」という3つのステップが必要です。「交配」は、かけあわせたい2品種を用いて、おしべの花粉をめしべに受粉させる作業です。うまく交配できた種(たね)には、両親から受け継いだ様々な性質が混ざりあっています。その種、1粒を育てると約1200粒の兄弟ができます。この兄弟種を数世代育てて、その中から、望ましい性質を受け継いでいるものを「選抜」します。数十個ほどの種を選抜したら、再び育てて選抜を繰り返します。こうすることで、元の親の性質とつねに変わらない子ができるようなります*1。これを「固定」といいます。固定のためには、選抜を6回から8回は繰り返さねばなりません。こうした長いプロセスを全てくぐりぬけたものだけが、新しい品種として世に出ることができるのです。このため、交配育種法は、かつては10年以上、現在でも7年ほどの時間がかかります。
 この技術を使って、昭和10年に、北海道の主力品種であった「坊主六号」と、東北地方の優良品種であった「中生愛国(なかてあいこく)」が交配されて、「富国」が生まれました。「富国」はコメの平年収量を大幅に改善しました。そしてこの「富国」以降、北海道のコメは新品種が発表されるたびに、耐冷性が改善され、平均収量を伸ばしてきました。このような数々の努力が実って、ついに昭和36年には、北海道は都道府県別のコメの生産量で日本一の座を手にするのです。


◆おいしいコメの条件とは?
 こうしてコメの生産量は日本一になった北海道でしたが、コメの味となるとその評価は散々なものでした。お米の好きな鳥ですら食べないという意味で「鳥またぎ米」とさえ言われたこともあったのです。元々北海道の品種改良は、いかに冷害につよく、収量を上げられるか、という点に重点が置かれ、味は二の次でした。冷害を避けるには、できるだけ短期間に実をつける早生種(わせしゅ)が望まれます。これに対して秋の遅い時期まで時間をかけて実をつけた晩稲(おくて)の方が、一般に味はよいとされています。このため、早生種の性質を高めていった北海道の品種改良は、味を犠牲にするものだったのです。
 しかし、そんなことは言っていられない状況がやってきました。昭和40年代になると、全国的にコメ余りの状態となり、政府は減反政策(生産可能な水田を、生産量調整のために休田させること)をとるようになりました。量よりもおいしくないと生き残れないコメ市場に変わってしまったのです。
 ご飯のおいしさを決める要因としては、「つや」、「粘り」、「硬さ」、「香り」、「うまみ」があります。このうち、「粘り」と「硬さ」に関しては、でんぷんの成分とタンパク質の量が関係することがわかっています。
 コメの70%は、でんぷんから成り、残りの30%が、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルからできています。でんぷんには、アミロースとアミロペクチンという2種類のでんぷんがあります。この2つの割合によって、コメの「粘り」が決まります。もち米は、アミロース0%で、粘りが最高となります。一般的な日本のお米は17%〜24%ぐらいのアミロースが入っています。「コシヒカリ」のアミロースは17%で、お米だけを食べる場合は、適度なモッチリ感を日本人は好みます。アミロースの数値が上がるほど、食感としてはパサパサに感じられていきます。
 ご飯の「硬さ」に影響を与えるもう一つの指標がタンパク質の量です。タンパク質含有量が低いほど、ご飯が柔らかくなります。しかし、低すぎてもよくないとされ、おいしいと感じる下限は5.5%で、6.0%前後がおいしいとされています。標準米とされる「日本晴」は7.4%。「コシヒカリ」関東産は、6.5%。「コシヒカリ」魚沼産は5.8%です。(このタンパク量は、品種によって決まっているのではなく、肥料を与える量など栽培方法によっても変化します。)
 北海道産の米は、タンパク質(7.8%−8.6%)とアミロース(24%)の値がいずれも高く、このためおいしくないといわれてきました。

◆ついに誕生、北海道産ブランド米「きらら397」。続いた「ほしのゆめ」と「ななつぼし
 昭和50年代から、北海道におけるおいしいコメの品種改良が本格的に目標として掲げられました。そして昭和55年に交配された組み合わせの一つが、「しまひかり(コシヒカリを祖父母に持ち味はよいが、耐冷性にかける)」と「キタアケ(味は悪いが、耐冷性に強い早生種。典型的な北海道米)」の交配でした。ここから8年の長い選別、固定過程を経て、平成元年秋から販売されたのが、「きらら397」でした。(アミロース値19%、タンパク値6.8%)「きらら397」は、初めての北海道のブランド米となり、冷害に強く、しかもおいしい味のコメでした。このコメは、粘り気が少ない分、丼もののご飯に適していることがわかり、大手の牛丼チェーンではほとんどが採用するほどの人気となりました。「きらら397」に続いて、平成9年には「あきたこまち」系の「ほしのゆめ」、平成14年には「ひとめぼれ」系の「ななつぼし」が発表され、この3品種が、現在の北海道産米の主要品目になっています。


◆そして「コシヒカリ」にせまる「おぼろづき」
 おいしいコメへの品種改良は、従来の品種に突然変異*2を起こさせることによって、アミロースの割合を低くする方向にも向けられました。全国初の低アミロース米となった「彩」が平成3年に発表されます。これ以外にも、「はなぶさ」、「あやひめ」などの低アミロース米が開発されますが、いずれもアミロース値が10%を少し超える程度の値にまで下がってしまい、粘り気が強すぎて単独で食べるには向かないコメになってしまいました。このためこれらの低アミロース米は、ブレンド米として利用されています。

 しかしこの低アミロース米系統に、「きらら397」から培養変異を起こした「95晩37」と呼ばれる品種があり、これと「空育150号」が平成7年に交配されました。そして、それから8年の育種期間を経て誕生したのが、「おぼろづき」(アミロース値14%、タンパク質値7.3%)なのです。アミロース値が「コシヒカリ」の17%に近づき、ついに「コシヒカリ」と並ぶ味の評価を受けるまでになりました。


◆美味しい北海道産米を食べよう!
 こうして北海道におけるコメの育種の流れを見てくると、まさにコメの育種は、速い馬を作るサラブレッドの育種と重なってきます。苦労に苦労を重ねて、冷害に対する強さと、おいしさの両方を獲得してきたサラブレッド米たち。しかし、その成果は、北海道内であまり認識されていないようです。道内の総米消費量の内、道内産米の割合は2004年の統計で60%にしか過ぎません。山形県の100%にははるか及ばず、主要な他府県の平均80%にも20%の開きがあります。これまでの美味しくなかった北海道産米のイメージから抜け出せていないのは、他ならぬ地元住民の私たちかもしれません。さあ、まだ食べていない方は、美味しい「おぼろづき」を味わってみませんか。

(文・写真・図 : 中村滋

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
【住所】
北海道札幌市豊平区羊ヶ丘1
TEL/011-857-9260 FAX/ 011-859-2178
「見学を希望される団体は、事前に日時・人数・目的等をお知らせ下さい。」とのことなので、上記センターまで、お問い合わせください。また、毎年夏に一般公開日が設定されています。詳しくは、http://ss.cryo.affrc.go.jp/まで。
【アクセス】
●札幌駅から中央バスを利用(乗り場は東急百貨店前)
○バス停「農業研究センター」下車(約45分)+徒歩1分 利用路線??74番
○バス停「日糧パン」下車(約40分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88番
●地下鉄(東豊線福住駅から中央バスを利用
○バス停「農業研究センター」下車(約10分)+徒歩1分 利用路線??74番
○バス停「日糧パン」下車(約5分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88、福85・86・87・88、平50、真104番
○タクシーを利用(約10分)
○徒歩(約35分)


【参考文献】

  1. 元井麻里子・嶋田直純・片岡麻衣子、『うまいぞ!道産米 躍進の秘密を追う』、北海道新聞企画連載記事、2006年10月31日−11月6日
  2. 中條学、『ブランド米登場 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年8月30日・9月1日
  3. 桜井考二、『おぼろづき 道優良品種に 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年2月15−16日
  4. 第7回道南農業新技術発表会 発表資料、『良食味水稲新品種「北海292号(おぼろづき)』、北海道農業センター稲育種研究室、2005
  5. 足立紀尚、『牛丼を変えたコメ−北海道「きらら397」の挑戦−』、新潮選書082、2004
  6. 石谷孝佑編、『米の事典−稲作からゲノムまで−』、幸書房、2002
  7. 大内力・佐伯尚美編、『日本の米を考える3 米生産の試練と未来像』、家の光協会、1995

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*1:交配した1粒の種には、両親からの様々な性質が、2つの遺伝子がペアになった形(2倍体)で継承されます。たとえば、父親(花粉:1倍体)の中に、A遺伝子(望ましい性質:寒冷に強い)が入っていて、母親(卵細胞:1倍体)の中に、a遺伝子(望ましくない性質:寒冷に弱い)が入っていて交配したとしましょう。すると、新しくできた種(2倍体)には、Aa遺伝子が入ることになります。このAaという異なる遺伝子が組み合わさった状態をヘテロ接合体といいます。このときA遺伝子が優性で、a遺伝子が劣性だった場合、Aaの組み合わせでは、A遺伝子の性質が発現します。しかし、Aaというヘテロ接合体では、その次の世代になると、1/4の確率でaaという組み合わせが生まれてしまい、A遺伝子とは異なる性質が発現してしまうのです(これに関するわかりやすい説明図が、「ねぎぼうずの咲くところ 〜丘珠の玉ねぎ畑〜」 d:id:costep_webteam:20060812 にあります)。これでは、同じ種をまいても、バラバラな性質が出てしまうので育種の観点からは望ましくありません。そこでAaというヘテロ接合体の状態から、数世代自家受粉(自分のおしべの花粉を自分のめしべに受粉すること)を繰り返すと、AAという遺伝子の組み合わせの種を作り出すことができるのです。AAという同じ遺伝子が組み合わさった状態の事をホモ接合体といいます。ホモ接合体になれば、自家受粉を行う限り、世代を重ねても、A遺伝子の性質しか発現しません。望ましい性質を、ヘテロ接合体からホモ接合体によって発現するようにすること。これが「固定」です。

*2:突然変異育種法のやり方としては、放射線や薬剤等の突然変異誘発源処理を行う方法と、組織培養時などに起こる突然変異を利用する方法などがあります。例えば低アミロース米の「ミルキークイーン」は、イネの開花後25時間目に、穂をMNU水溶液(N-メチル-N-ニトロソウレア)という薬品にひたすことで、イネの根や葉のもとになる胚のWx遺伝子に突然変異がおき、アミロース含量が少ないコメが作られました。